阿修羅展と仏像ブーム
先の阿修羅展話題の続きであるが、今朝の朝日新聞の朝刊にも、『仏像ブーム最高潮』のコピーで、後2日で閉館の阿修羅展が取上げられていたが、それにしても、2ヵ月強で90万人の来場者数で、入場料収入がざっと14億円という事になると、この不況下のなか、誠に不思議な現象ではある。
このブームの裏には、時間的余裕の出来た高齢者による人気と共に、やはりこの方面でも、20~30代の女性など若い世代への人気の拡がりが新しい現象であると朝日も報じている。何故、若い世代が抹香臭い世界に注目し出したのだろうか?
私事で恐縮だが、私もこの1~2年、それまでまったく興味がなかった時代小説に偶然出会い、そこに描かれている江戸の人情や生活文化に興味を持ち始めたが、仏像にまでは特別な興味はなかった。しかし、今年初め、文庫本発売となった五木寛之の「百寺巡礼」(奈良編)を読み始めたことから、機会があれば奈良や故郷の滋賀のお寺廻りに行ってみたいと思うようになり、今回の興福寺創建1300年記念の『阿修羅展』も、そんな中で、何となく観てみたいと思った訳である。
しかし、阿修羅像やその他の大小幾つかの仏像を観て周り、会場を後にしながら、ふと感じたのは、親鸞の悪人正機説の 『善人なおもて往生す、いわんや悪人をや』の一説である。親鸞の説くところの悪人とは、必ずしも、現代の法治国家で言う「犯罪人」だけの話でなく、犯罪とは無関係な一般人の「心の悪」も含まれていると考えられるが、この説法の背景には、奈良~平安~鎌倉と続いた、すばらしい仏像や仏像彫刻があったからでは?と言う気がした。
言い換えれば、『唯、念仏を唱えなさい!』と言う親鸞の教えは、仕事や生活で多くの緊張を強いられ、心を病んでいる現代人に対して、「心静かに、じっと仏像を眺めているだけで良いのじゃ!」と教えているような気がする。
より緊張を強いられる現代社会は、老若男女それぞれに「悩みや心配事」があると思うが、案外、文字や言葉で救われない場合も、お寺に行って無心に仏像を眺める事で心安らかになる方法もありそうだ。 昔の人もそんな風にして「嫌な渡世」を乗り切ってきたのではないだろうか?運慶に代表されるように、仏像彫刻が盛んな鎌倉時代に生きた親鸞も、そんなすばらしい仏像を眺めながら、念仏を唱え続けることで救われると言う「他力本願」に行き着いたのではないだろうか?
今回、阿修羅展でいくつかの仏像を眺めていて、ふとそんな気がした。
女性と中心に若者世代が古寺や仏像に興味を抱き始めたのも、やはり、何事も受け入れてくれそうな仏像の穏やかで優しげな眼差しに接していて、日常生活で疲れた心が癒されたからではないだろうか?
それにしても、今まで高齢者によって支えられてきた、時代小説や戦国武将、さらには「仏像」などの世界が、若い世代にも受け入れられ、日本の風土や文化の見直し機運が高まっているのは、現代世界の疲弊と共に、宇宙開発に象徴される科学技術の進歩がもたらす世界に永遠の未来はなく、むしろ、どんどん人間は生きづらくなることを感じ始めた証ではないかと言う気がする。
投稿者 kitamura : 15:10
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雨中に90分!「阿修羅展」
先月一度上野公園に出掛けた「国宝 阿修羅展」
その時は、1時間待ちにお手上げして、会場の前でUターンして帰ってきたが、最終日が明日(6/7)の日曜日だと言う事で、最後の平日の昨日、雨だったので、並んでいる人も幾らか少ないかな?と言う期待しながら、再度野公園まで足を運んで見たが、期待も空しく、逆に「雨の中、90分待ち」であった!(苦笑)
それでも、土日はさらにすごい人になりそうだから、仕方なく延々と続く傘の行列に並んで、これまた、閲覧者ですごい混雑の「生の阿修羅像」を観てきた。
アップになった阿修羅像を見慣れていたせいか、『えっ、こんなに小さな仏像(高さ120Cm)なんだ!』と言うのが第一印象だったが、仏像特有の切れ長の目でなく人間の目に近く、「美少年のイメージ」と言われている通り、確かに美しい印象的な仏像である
「修羅場」などと言う言葉があるように、阿修羅は、激しい戦いの場に身をおく仏教の守護神とも、又、ヒンドゥー教では「太陽神」や「火の神」だったと言われているようだが、興福寺の阿修羅像も表情が違う三つの顔があり、その中では正面の顔がやはり美しい。若い頃の横綱「貴乃花」にも似た、その毅然とした美しさは、確かに、戦う厳しさでもあり、包み込む太陽の温かさでもあるようにも見えた。
展覧会では、阿修羅像の周りは360度閲覧者に囲まれていて長く立ち止まることは出来ないが、ずっと観ていて飽きない魅力ある表情の阿修羅像であった。現代で言えば、凛とした女性の癒しの表情にも通じるような、、、?
雨の中の阿修羅展会場前 『東京国立博物館 平成館』(6/5 午後4時)
投稿者 kitamura : 12:40
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日本の理想?「貧困大国アメリカ」
9月の3連休のなか日、一日自宅にいて、久し振りに良い本に出合った。
2008年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した、堤未果さん著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書 700円)は、さすがにすごく勉強になった。
世界一の経済力や軍事力を誇るアメリカが、何故「貧困大国」なのか、日本が最大の盟友と言って憚らない、アメリカの現実とは?現在進んでいるその深刻な社会問題とは?を大変分かり易くレポートしてくれている。この本を読むと、現在の日本が向かっている方向やその危なさもくっきりと浮き彫りにされていて、入り組んだ糸が上手くほぐれたような気分になる。
誠実で地道なルポルタージュである。
徹底した市場経済主義を唱える経済学者をブレーンに、「構造改革なくして成長なし」と声高々に叫び、5年以上も、「小泉劇場」の郵政民営化を行なってきた人気者総理に、私自身は、どこか納得しがたい違和感を感じ続けて来た。しかし、堤さんのルポを読み進めると、当時の小泉・竹中ラインが推し進めてきた改革の狙いや行方が、大きな危険を含んだごまかし(片手落ちのご都合主義)だったと分かる。
構造改革による日本経済の成長の為と言うなら、本書で貧困大国アメリカとまで評されているアメリカだって、まさに自国の経済成長を考えて市場経済を推し進めて来たのだろうが、問題は、「誰の為の施策か?」と言う事である。
超人気の総理は、「規制緩和や民営化により国際競争力のある企業や個人を育て、努力する人々が報われる自由社会をめざす為には、少々の格差は致し方ない」と平然と言い放ったが、推し進めて来た市場経済主義は、構造改革の名の下に、これまた平然とワーキングプワーなど大きな格差を生み出しながら、規制緩和の恩恵に浴した大企業や資産家等の「勝ち組」の為の政治であり施策だったのは明白である。 さらに、それは日本やアメリカの自国内の格差問題に止まらず、グロバリズムの中で、他国を自国の都合の良いマーケットにする為の戦略そのものなのだという事まで分かる。(それは戦争ビジネスの市場でもある)
その顕著な例が、イラク戦争に派遣される兵隊の35%は外国人の傭兵であったり、民間の派遣社員(戦争請負会社が雇っている社員で国際法の適用外)と言う事である。勿論、格差社会の中で国内外の経済的に追い詰められた貧しい人々が中心のようである。
日本国内では、アメリカのような明らかな戦争ビジネスはないと思うが、ブッシュが行なった「落ちこぼれゼロ法」と同様な危険性を感じさせる、成績優秀な学校や地域には多くの補助金を、逆に成績の悪い市町村には補助金をカットするような「教育改革」プランが話題になっている。これらの行く末に何が待っているかも、貧困大国アメリカのレポが教えてくれる。
最近の日本社会が、経済的・政治的にあまりに多くの面で、堤さん所謂「貧困大国アメリカ」を追いかけている様子に、普通の日本人と思っている私もかなり熱くなり過ぎた感があるが、兎も角、日本国内も、自民党政権か民主党政権か大きな選択をすべき政治状況の中、この堤未果さんの力作は一読の価値はあると思う。
投稿者 kitamura : 23:30
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都心で見つけた「涼」
いよいよ、今年も今日から8月である。
2008年、今年の夏は全国各地で猛暑が続いているが、都内新橋駅界隈も毎日むっとする暑さである。
昨年の夏はまでは、SO!事務局は虎ノ門に近い「西新橋」だったが、今春移転した東新橋(汐留地区)は、より海に近いはずなのにもっと暑い気がする。特にJR新橋駅界隈はむっとする暑さである。
やはり、開発当初から指摘されていたように、汐留地区に林立する大型ビルが海風を遮っているためなんだろうか。それに、休みなく走る第一京浜やJR新橋駅の自動車や電車から発生する熱もかなり影響しているだろうし、特に夕方に新橋駅を利用する、すごい数の人々からの発熱も無視できないのかもしれない。
都内は、この数日の気温に関しては30~32度程度なので、西日本に比べればまだ凌ぎやすいが、今週末からは再度34~35度の予想らしく、新橋地区のOLやサラリーマンの皆さん熱中症に気をつけましょう!
まあ、今年の夏もそんな感じですが、そんな街中で見つけた、東新橋のヤクルト本社玄関前のジョット噴水は、ひとときの「都心の涼」となっている。側を通って眺めているだけで涼しい気分になる。
遅めのランチの後、近くを通りかかってデジカメにて写す 。
ヤクルトと言えば、30代までは人一倍胃腸(特に腸)が弱く、夏場は若いのにバテバテだった私も、「ヤクルト」を3年間摂取し続けたお陰で、見違えるように腸が強くなり夏バテもほとんどなくなった。この機会に少しでも宣伝させて頂ければと思う。
「ヤクルト」や乳酸菌が多いヨーグルトを1~3年間毎日食べたり飲んだりすれば、便秘症の女性や下痢気味の男性は間違いなく改善されますよ。ご心配の方は是非お試しあれ!
芸能人は歯が命と言ってますが、身体の免疫力から言えば、実は「お腹が命」だと言う事です。
投稿者 kitamura : 18:50
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「病気は自分で治す」生き方とは?
最近、井戸端コミュミティで「健康に関する携帯サービス」の企画を考えていたが、丁度そんな時に、書店で面白い本を見つけた。
免疫学の研究者である安保徹さんの『病気は自分で治す』(新潮文庫)である。
これは実に面白い本である。数年前に、慶応大学医学部放射線科の近藤誠さんの『患者よ、がんと戦うな』を初めて読んだ時も大変な驚きであったが、今回の、安保さんの著作もすばらしい提言であり、内容的にも近藤さんの本と通じることも多い。
近藤誠さんは、著作の中で、「がん検査は百害あって一利なし」と書いているが、慶応医学部の現役の医者として、いかにも大胆な発言であり、医者として一種の自己否定に繋がり兼ねない内容を公然と話したり、書いたりする人は、余程変な人でない限り、私は信頼する事にしている。
従って、私自身、家族にも、がんになっても手術はしないし、抗がん剤(一種の毒薬と言えると書かれてある)も服用しないと宣言している。 家族は呆れているし、実のところ、実際にがんになって、医者から「手術しないと半年しか命が持たないですよ!」と脅されたら、自分自身も完全拒否出来るかどうか自信がないが、今回の安保先生(新潟大学医学部教授)の著作の中にも、例えば、「抗がん剤は毒薬どころか発ガン剤なんだ」と言う内容すら書かれていると、我々患者は、抗がん剤はがんと闘ってくれる有難い薬と言う一般的な常識を疑って掛かりたくなる。やはり、簡単に手術を受けたり、抗ガン剤服用を了承するのは止めるべきだと、決意を新たにしたくなってしまう。
その他には両氏に共通の記述として、免疫システムとしてのリンパ腺が取り上げられている。例えば、リンパ腺は免疫システムそのものだから、手術で簡単に取り切ること(リンパ郭清)は絶対すべきでないと記載されている。 あえてこのような記述が両氏からなされているのは、医学者にとってリンパ腺の重要性の認識は常識であるにも関わらず、手術台の上では、どうやらリンパ郭清も日常的に行なわれていると言う事ではないだろうか?
近藤さんは放射線科医師の立場から、手術後(治療後)の回復状況のデーターに基づき、安易に手術をしたり抗がん剤を服用する間違いや逆効果のケースを説明されていたが、安保先生(免疫学の研究者)は、さらに踏み込んで、がんになってしまった人には、手術や抗ガン剤の対処療法に頼る愚かさを指摘する一方で、がんを治す近道は発病の原因となっている「我々の生き方」そのものを変える重要性を何度も説いている。
働きすぎやストレスは万病の元と言う訳である。
その他詳細は、皆さんも是非購入して読んでみて頂きたいが、両氏には、現代医学、及び科学全般に対して共通の考え方があり、それは、「現代科学や現代医学にはまだまだ解明できていない分野が多い」という、科学者としての真摯な態度である。だからこそ、長きに亘って実証されている「自然治癒力」を見直そうという事であろう。
我々一般人が普通に考えても 病院に行けばすべての病気が治るとは信じられないし、どちらが正しいか確信が持てないなら、私は、痛い目に合う手術や抗がん剤服用より、生物の免疫システムに基づく「自分の身体の自然治癒力」に期待したい。手術や薬漬けのよって、体内に自然に備わっている「免疫構造」を壊すことで自然治癒力を無くしさらに病状が悪化する、などと言うのはどう考えても割が合わない話である。
科学(医学)の進歩の為に、我々の病気があるんではなく、我々のQuality Of Lifeをサポートするものとして「医学」がある事を、近藤さんも安保さんも医学従事者の立場から誠実に提言して頂いている。同時に、病院や医者に頼りすぎない、日頃から自分自身で健康管理をする「生き方」の重要性も教えておられる。
何はともあれ、各分野に金儲け主義でない誠実な「仕事人」が増える事は、我々庶民にとって、こんな有難いことはない。
投稿者 kitamura : 15:30
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日本橋今昔
先日、都内を車で走行中、日本橋三越前の近くで楽しい建築現場の塀囲いを見つけた。
現在よりも、東京(江戸)を感じさせてくれる大正・昭和の風景が興味深く、京橋でランチをした数日前、現場まで足を伸ばして写真を撮ってきた。
大正10年頃の日本橋付近
昭和3年の日本橋
昭和28年の日本橋
帰りがけに、今の日本橋界隈も実写してみたが、高速道路に覆い隠された日本橋の景観問題だけでなく、利便性や機能優先の街つくりは、魅力に乏しい「便利な都会」を生み出しているのかもしれない。
少なくとも、今の東京日本橋界隈には、写真でみる昭和の頃の風景としての風情さは抜け落ちてしまっている。我々現代人がなくしつつある、「心の余裕や潤い」のなさとどこか通じているかのようである。
たまたま、通りかかった現代女性、昭和の風景と妙にマッチしている。
投稿者 kitamura : 18:15
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参議院選開票を観て思うこと
非常に注目度の高かった今参議院選も、いよいよ最終結果が出てきそうである。
現時点では、マスコミ各社の予測通りと言うか予想を上回る勢いで、民主党を中心とした野党が得票数を伸ばしている。逆に、自民党は参議院の第一党かの座から落ちるのは確実になった。
但し、どの政党が勝った負けたという結果以上に、政治(特に選挙)が国民生活からかけ離れたところで、喩え政権党と言えども、一部の理想論や大義名分ばかり押し付けようとしても良い結果を生まない事がハッキリしてきた。
同時に、政治とは単なる人気取りやパフォーマンスではなく、国民各層の生活に直結した中で、どの政策を選択していくかと言う現実なのだと言う事になってくれば歓迎である。即ち、今後、真に主権在民が身近なものになれば、日本の政治状況も、前回の小泉郵政選挙時のような、その時のムードに大きく左右されるような人気投票ではなく、地に脚を着けた現実的な政策レベルでのより良き戦い(選択)になってくれそうに思う。
勿論、政治課題には、憲法問題は当然として、外交や安全保障など重要な問題がある事は勿論であるが、我々国民の為の政治であるなら、それらの重要な課題の前に、現実的な国民の公正で安心のある生活があってしかるべきである。それを基盤として、どんな外交や安全保障が必要と考えるのかを議論して行かないと、テーマの大きさに目くらましをされた抽象論と言わざるを得ないと思う。
まあ、いずれにしても、今回の参議院で多数を占めた野党が、これから、いかに国民の為の政策を具体化するために各党の役割を果たしてくれるのか?を大きな期待をもって見守って行きたいものである。
投稿者 kitamura : 23:28
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何とも慌しい週末!
今週末は予想外のバタバタ週末であった。
そろそろ梅雨も明けそうなので、7/19(木)にSO!Shinbashi02で『梅雨明け祈願』を兼ねた懇親会を予定していた。
オフィスのテラスで栽培した枝豆は前週に食べてしまったが、メンバーの女性が自家栽培の枝豆やししとう、さらに、とうもろこし等の旬の野菜を持参頂けると言う事で、SO!事務局のオフィスの電熱器「IH」を利用して、茹で立ての野菜で以って、楽しいビアパーティーにしようと、当日(7/19)の午後は、鍋や網を買って準備万端のはずが、「いざ出陣!」という段階で携帯が鳴り、水道橋のシェアサロン「Beaut!Suidobasahi」のメンバーから、『北村さん!大変です。水道管が破裂して既に室内が水浸し状態で~す!!!』という、あれまあっ、、、という連絡でした。
私は先ず、ビル管理会社にと当日サロン利用予約をしている会員、SO!提携の工事会社、さらには浄水システムを依頼しているダスキンさんへと矢継ぎ早に連絡を入れながら、一方では今から準備が間に合わない「懇親会」の件を、新橋02のメンバーに連絡やお願いをして取りあえず水道橋のサロンに急いだ。
サロンとは関係ない、2FのSO!Suidobashi362のオフィスメンバーも手伝って頂きながら、ダスキンや工事会社スタッフなど7~8人で、素早く「水吐き出しとタオルでの吸い取り」をやって頂いていた。お陰様で、水漏れ発見後2時間足らずで、大まかな作業が終了し、取りあえず大惨事にならずにすんだ。
先ずは、良かったあ~!
そうは言っても、室内の床カーペットやフローリングはすべて水をかぶり、隣のオフィスにも流れ込んでいた。 隣のオフィスにも直ぐお詫びに行ったが、「水道管破裂では仕方ないね!」なんて言いながら、自社フロアのカーペットの水吸い取り作業を黙々とやっておられた。優しい人達である。
こんな時は、慌てるばかりで一人では何も出来ないが、大勢の方の機転と協力のお陰で、当日夜も一応サロンでお客さんに施術が出来たのである。
皆さん!本当にご協力有難うございました。
その後、水漏れが一旦止まったことで、私は新橋のオフィスに戻って、SO!Shinbashi02のメンバーと予定の「枝豆パーティー」に参加し、さらに終電まで近くの立ち飲み屋さんで2次会まで行った。
翌日(7/20)朝には、ダスキンさんに頼んでおいた室内清掃の状況と水漏れパイプの状況を確認しに行き、まだちょろちょろ漏れている水の後始末をしたのだが、前日19日の夜から心身ともにバタバタした中で飲んで騒いて、水漏れ対応に追われ、お陰で、今日(7/21)土曜日は、何年ぶりかの夏風邪(鼻と喉)をひいてしまった。
SO!Shinbashi02のゆったりした手作りパーティーの週末のハズが、何とも苦楽入り乱れた慌しい週末となってしまったのである。来週はSO!Oomoriの懇親会を予定しているのだが、何事もなくスムーズに開催出来ればと思う
投稿者 kitamura : 22:29
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参院選公示日に一言!
07年参院選(7/29選挙日)が本日公示された!
もう30年以上前になると思うが、 「オレンジ色の憎いヤツ!」の言う、当時の夕刊紙としては衝撃的なキャッチコピーで登場した「夕刊フジ」の本日の一面には、『安部大敗30台も』、 『小沢「第一党」野望始動』等の大見出しが踊っていた。
逆風の政権与党もそこまでは議席を減らさないだろうと、個人的には思うが、年金問題で大失態の社保庁や政府与党の色々な不祥事や不味い対応を見ていると、「さもありなん!」という気がしないでもない。
それにしても不思議なのは、「郵政民営化一本」の小泉パフォーマンスで大勝した前回衆議院選挙時と今の政権与党が、大勝と大敗(予測)に大きく分かれる理由がどこにあるのか私には良く分からない。『戦後レジュームからの脱却』という安部政権の大目標は小泉政権とは違うのかもしれないが、安部さんは小泉政権下でも幹事長(代理)を務めていたし、今も同じような「改革」を唱えているではないか?
閣僚(政治家)の不祥事も年金問題も安部さんの問題として片付ける事は出来ず、小泉さんの時から大なり小なり「あった」訳で、大きなスキャンダルになったかならないか、即ち、表面化したかどうかの違いだけではないのか?だとすると、前回選挙時の自民大勝と今回の自民大敗(予測)を生み出す、我々選挙民の選択基準はかなり「エエ加減!」と言わざるを得ないではないだろうか。
前回の小泉郵政パフォーマンス選挙で自民が大勝した事に大いなる憤りを感じてきた者として、今回自民が負けて、拮抗した「二大政党時代」が到来するならば、個人的には多いに楽しみではあるが、政治家を選ぶ我々選挙民が、その場その場のムードで、いとも簡単にどちらかを大勝させたり大敗させるのは有難くない。
政治は、「ヨンさま~!」、「(斉藤)祐ちゃ~ん!」など、ころころ変わる韓流タレントやスポーツ選手の人気取りゲームと一緒に出来るものではなく、地方と都市の地域格差や、正規と非正規雇用の生活格差、更に、社保庁の無様な仕事ぶりが浮き彫りになった年金問題、教育問題、憲法改正論議、すべて我々個人の生活に直結した「現実」なのである。
選挙は外野席から見ていると、結果の如何に関わらず確かに興味深いが、その結果はそのまま我々の生活内容に大きな影響を及ぼす事を忘れる訳にはいかないのである。
個人的には、実質的政策が大差ない自公民政権下で、総理が「小泉純一郎」から「安部晋三」に変わるだけで、選挙結果が大きく変わるような政治状況は好きではない。 「好きな女性がころころ変わる男」を多くの女性はあまり信用しないと思うが、同様に、「党の顔」や「パフォーマンスの良し悪し」が変わるだけで、簡単に大勝させたり大敗させるのはやはり頂けないのである。
いづれにしても、政治はパフォーマンスでなく現実であるから、今回の選挙で、一部の国民ではなく、多くの国民の生活にプラスとなる「真の改革」をやってくれる政党が勝利してくれればと願いたい。
投稿者 kitamura : 18:21
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共生その1『人と接すること』
大きくは世界的(地球的)環境問題から、身近なところでは、経済や地域の格差問題、長寿社会の老人問題、少子化問題等々、多くの問題を抱える現在、これらの根っこの部分に、物質文明への果てしなき憧れと、その手段としての、社会全体での過度の競争意識とお金万能主義に踊らされてきた現実がある。
そんな状況の中、今後、我々が選択できる価値観は何かと考えた時、重要なキーワードとして、「共生」があると思われる。
先日の東京都知事選にも立候補し、今回の参議院選挙にも再度、「共生新党」党首として立候補した、世界的建築家の「黒川紀章さん」は、50年前に既に、これからの社会に重要なテーマは「共生」であると喝破しておられたとの事である。
人と自然、都市と田舎、若者と老人、男と女などなど、共生にも色々な「共生の形」があるが、シェアをコンセプトとしたSO!の施設も、ある意味、「共生がテーマ」と言える。
そこで、今回は、『SO!』のテーマでもある「人と接すること」ついての私なりの日頃の雑感を記してみたい。
経済格差、職業格差、学業格差など表現は色々だが、結果として社会生活における「勝ち負け」が既成事実化している現在、現実の格差に関係なく、多くの人に等しく可能なのは「人と交わる事」である。そして、そこから得る、生のダイナミズムや感動は、誰にも公平に与えられているものである。
どんなに社会的地位があったり、どんなに経済的に恵まれていても、「ワクワクする人との触合い」がない人は寂しいし、逆に言えば、社会的地位や経済面で恵まれない人でも、「充実した人間関係」を持っている人は幸せである。
人は何の為に働き、何のために豊かな生活を得たいのか?人それぞれの立場での考えや使命もあるだろうが、市井の人として生きている我々にとっては、結局のところ、「各々の人生の中で、どんな人と出会い、その触れ合いを通じて、どんなすばらしい時間を持ち得たか?」と言う事じゃないかと私は思っている。すなわち、「人生の喜びは現世での人との出会い」にあると言ってもよい。
『他人との関係なんか面倒くさくて嫌だ!』と思う人も現実にはいるかとは思うが、人は、まさに、ピカソが描く「多面体の顔」のように多面的であり、複合的である。だから、人と接する場合に、相手の「どの面」に価値を見出し、又共鳴したり反発するかは「人それぞれ」と言える。固定化した評価でなく、貴方なりの「価値」を発見できる事で、人はそれぞれが「特別な、豊かな関係」を作り出せるのである。
さらに、又、脳が色んな刺激を受けながら成長するように、人も、仕事や日常生活を通して、日々多くの人と出会い、新たな刺激を交感し合う事で、「人の触れ合うすばらしさ」を味わう感覚が育つと言える。
そのような結果として、打算や便宜ではなく、『人と接するすばらしさ』を知っている人々が、地域や場所や考え方を共有しながら生きる生き方を「人と人の共生」と捉えたい。又、それはお金や物でけっして代用できない人生の愉しさである。
金銭欲や物欲に支配された「閉塞状況」からどうしても抜け出せない現在の我々にとって、再度、人生の生き生きとしたダイナミズムを身近に取り戻す為にも、我々が人間である以上、その最終的解決策は、やはり、人間の上に、豊かな人と人の共生の中に求めるしかないのではないだろうか!
投稿者 kitamura : 01:30
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加齢臭とオヤジさん
以前にも、当ブログで取り上げてみたが、今一度、中高年特有の臭いと言われている「加齢臭」についての雑感を書いてみようと思う。
フリー百科事典「ウィキペディア」の情報によると、「加齢臭」というネーミングは、200年12月に資生堂の研究所が、初めて、中高年特有の臭いとして名付けたものらしい。臭いの原因は20代や30代にはほとんどない「不飽和アルデヒドのノネナール」と言う物質らしい。又、その生成には活性酸素が関わっているともいわれている。
年齢を重ねるに従って活性酸素が多くなるのと、酒や煙草のマイナスイメージとおやじのイメージが重なって、 『加齢臭=おやじ臭い』となっているようだが、実際は性別に関係なく40歳以上になると、この「臭い」は大なり小なり出てくるとの事である。
ネットで「加齢臭」を検索すると、このような内容が色々説明されている。
私自身は、1年半前、美容や癒しのシェア施設「Beaut!Suidobashi」の運営を始めた頃、この「加齢臭」と言う言葉を知ったが、なるほど、街を歩いていたり、電車に乗っている時に、ふと、「妙な臭い」に出くわす事が結構ある。
そうこうしている中で、『あっ、この臭いが加齢臭と言うのか?』と気づく。
臭覚が並みの人なら、気をつけていれば、煙草のヤニ臭い匂いとも、強い体臭とも、或いは、強烈な汗の臭いとも違った『いかにも不飽和物質的な臭い』に電車の中や街中で出くわす事があると思う。我々の年齢になると、ふとした時に、自分自身の周りで同じ臭いを感じて、「あれっ~」とドキリとする事もある。
私が子供の頃、老人臭を意味する「年寄り臭い」と言う事は時々聞かされたが、最近のように、都心で生活していて、毎日どこかで、所謂「加齢臭」に出くわすと言うほど酷かった記憶はない。自然の中だと、老人臭も自然に溶け込んでしまい、大して問題でないのかも。
そんな意味では、加齢臭とは、まさに都市化された現代の臭い と言っても良さそうである。さらに言えば、「現代のストレス社会の産物」であるとも言ってもよいかもしれない。何故なら、私の個人的な感想では、如何にもおやじ臭いと言われそうな、脂ぎったオヤジさんよりも、むしろ生真面目そうな人の良いお父さんに加齢臭が多いように見受けられるからである。
愛煙家が「煙草を止めたから病気になならいとは限らないよ!」なんて、都合の良い話をするが、仕事社会や家庭生活の中であまり文句も言わず黙々と頑張っている「真面目なお父さん」が、その分ストレスを自分の中に閉じ込めてしまって、逆に会社の若い女性や家族から、 「オヤジ、臭いよ!」なんて嫌われた分には、まったく立つ瀬がないではないか。
いわゆる「ちょいワルオヤジ!」がさわやかなオーデコロンの匂いなんぞを振りまいていると言うのに!
そんな訳で、最近は、ネット上にも加齢臭の原因と対策サイトが用意されていたり、対策用サプリメントとかボディシャンプー等も発売されている。
しかしながら、加齢臭該当世代の一人として私はこう言いたい。
加齢臭対策に、酒や煙草の吸いすぎに気をつけたり、脂っこい食べ物を避け、臭い対策用石鹸やオーデコロンを使うなども悪くはないが、それより前に、会社や家族の為と言いながら自分自身のストレスさえ発散する場もないような生き方は止めませんかと。
長年、会社や家族第一で生きてきた責任感が強いオヤジさんこそ、もうそろそろ、「自分の人生を生きてみても罰は当たらないですよ!」と。
『貴方の生真面目主義が加齢臭の第一原因なんですよ!』と知ったかぶりをして言ってみたいのである。
投稿者 kitamura : 22:36
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今日のランチ「石焼カレーたこ焼き入り」
ここ数日は、桜も開花しそうな春の陽気だったのに、今日3/8(木)は寒さが戻ってきた感じであった。
そんな日のランチだったから、温まるいつもの「さぬきうどん」にしようかと思ったが、少し前にOPENした、前面ガラス貼りの近くのカレー店で、初めての「石焼カレー」に挑戦した。
オーダーしたのは、写真の店お薦め『たこ焼き入り石焼カレー』
石焼○○○と言えば、私的には好きな「石焼ビビンバ」なのだが、全面ガラス貼りで店内丸見えという、少し変わったデザインのこの店にも、又石焼カレーとはどんな味なのかも気になっていて、朝夕に店の前を通る度に一度食べてみたいと思っていたが、香辛料が良く利いたアツアツのカレーは上品な味で、予想以上に美味しかった。
但し、些か不満だったのは量が物足りなかったこと。上品な美味しさだからこそもう少し食べたかったなあ~と言う気がして、コーヒー付き900円が割高と言う印象であった。
食べ終わって、レジで大盛の有無を確認したら150円プラスで大盛も可能との事。
しかし、たこ焼き入りカレーの900円は一番安いメニューなので、大盛り(普通のカレー屋さんでは、それが普通盛りだろうと予想される)で1,050円は、この美味しさを割り引いても少し高いと思うが、お客さんの多くは若い女性だったので納得!
若い女性は、量より美味しさと店の雰囲気が重要なのだろうから、900円もリーズナブルと言うことか。
投稿者 kitamura : 01:25
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新国立新美術館『異邦人たちのパリ』
先日の日曜日、ルームシェアの経験者だと言う女性から、SO!が拘っている「レンタルオフィスではないシェアオフィスとはどんなものか?」内覧させて欲しいという連絡があり、東京メトロ千代田線「赤坂」徒歩4分のSO!Akasaka787をご案内した。
日曜出勤のついでに、赤坂の隣の千代田線「乃木坂駅」に直結した 、今年の1月21日オープンしたばかりの都心の『国立新美術館』 で開催されている「異邦人たちのパリ」展を見に行った。
東京メトロ千代田線「乃木坂駅」の6番出口に直結 『国際新美術館』
ところで、「異邦人達のパリ」展も勿論悪くなかったが、個人的には、先日、東京都知事選に立候補を表明された、当美術館の設計者でもある黒川さんの「黒川紀章展」(無料) が圧巻だった。
黒川さんは日本を代表する建築家と言う認識はあるが、欧米だけでなく、中国やロシアなど世界各国の美術館や建築物、さらには都市作りが、模型や映像を使って紹介されていたが、どれもこれもスケールの大きさにはまったく驚かされる。
農村と都市が組み合わされた開発計画など、あっぱれで1人で感心しながら眺めていたが、プロジェクトの模型を見てるだけで嬉しくなる程である。
黒川さんは、京都大学建築学科卒らしいが、既にその当時から、「機械の時代から生命の時代」への転換を宣言し、『建築物や都市は閉じた機械でなく、新陳代謝をしながら成長する有機体であるべき』というメタポリズム運動を推進して来られたとの事である。そして、メタポリズム、共生、リサイクル、エコロジー等をテーマに建築や都市作りに取り組んで来られたとの事です。
4月の都知事選の結果は分からないが、個人的には、こんな方が都知事になれば、どのような「新しいしい東京」を設計して頂けるのか、想像しただけでも愉しそうである。
そして、対象や規模はまったく違うが、SO!の空間や人の有機的活用をめざしたシェア(=共有・共生)の考え方も、黒川さんが終始一貫してテーマにされていると言う「共生、リサイクル、エコロジー」などに合い通じるものがありそうで、案外である。
投稿者 kitamura : 16:23
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私のウェブ進化度
昨年2月に筑摩書房から「ウェブ進化論」を出した梅田望夫と、京都大学在学中に「日蝕」で芥川賞を受賞した作家「平野啓一郎」との共著(異色対談)「ウェブ人間論」を読んだ。
前回の「ウェブ進化論」は書店でたまたま見つけて読んで、Googleの検索のすごさや、ロングテール論、Web2.0等、大変興味深く読ませて頂いたが、同じ梅田さんが今度は作家:平野啓一郎と「ウェブで人間がどう変わっていくか」の対談ということで、新進気鋭というべき平野啓一郎氏(作品はまだ読んだ事はないが)との組合せも面白そうだったので、先日銀座の書店で見つけて早速読んでみた。
内容的には、前回の「ウェブ進化論」のような、ウェブテクノロジーの進化というインパクトはなかったが、日頃、Webを使い慣れている人々は、どのように変わってきたか、あるいは今後変わっていくのか、ウェブ推進派とも言うべき梅田さんと、一見、ウェブとは距離をおいていそうな作家の、それぞれの立場で、Web世界やウェブ人間について対談していて、それなりに楽しく読ませて頂いた。
『ウェブ人間論』を読み終えて、ところで自分自身の「ウェブ進化度」(そんな言葉ありかな?)はどうなんだろうと考えてみたが、年齢の割には結構、その度合いは高そうである。
お客さんのオフィス空間をプロデュースするという仕事柄、インターネットというものを知って、個人的にPCを購入してインターネットを使い始めたのは「1996年」と早い方だと思うし、その当時既に、所謂「メールフレンド」と言うネット上の知り合いが何人かいた。
その後、2004年1月にシェアードオフィス「SO!」を始めて 、早々に、SO!の仲間に誘われて、当時、GREEと共に代表的なSNSであったミクシィに参加し、2005年の年明けにはブログも書き始めていたと思う。Web2.0という言葉も、「ええっ、それって何?」という当時、その後「R25」で記事を書いたSO!メンバーから聞いて一応知っていた。(但し、直接説明を受けても、よく理解できていなかったが。。。)
そんな訳で、SO!の入居メンバーの中には、ITやWebに関する最新のテクノロジーに関わるビジネスをしている関係で、旧世代の割にはその方面の情報は早い方だと自分では思っている。
それには、個人的にかなり「新しい物好き」なところが多いに関係しているのだろう。ビジネス関係では、かなり「浮気性」だと思う。仕事をお願いする場合も、付合いが新しい、古いで区別する事は案外少ない。可能な限り、むしろ「新しい人」に発注する場合が結構多い。しかも、「若い人」好きでもある。
私自身、営業経験が長い割には、仕事の上のお付合いでも「好き嫌いが前面に出る」ダメ営業マンだとは思うが、自分の経験から、直感で人柄や技量を計ってきた。そして、自分なりには人間観察眼は鋭い方だと自負している。
客観的に見れば、仕事のお付合いが出来たであろうる人を多く逃して来たかもしれないが、本人的にはそれで平気である。仕方がない!(笑)
その代わり、こんな風に、いささか手前勝手(所謂、自己チュー)で、新しいもの好きなところが、私の「ウェブ進化度合」を高めてきたのだろうと思うし、今後もWeb世界にお世話になりながら仕事を続けて行こうと考えている。
投稿者 kitamura : 11:18
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オフィス内は初夏のよう!
今日は屋外はそれほどでもなかったが、西日を浴びたオフィス内は初夏のような一日だった。
南西方向が一面窓となっているSO!事務局のオフィスは、初夏と見間違うような陽当たりの良さで、オフィスでデスクワークをしていると暖房が要らないどころか、大袈裟でなく暑くて仕方がない!という一日だった。運悪く薄いセーターで仕事をしていたものだから、余計に始末が悪い。
それにしても今年のような冬は珍しい!
今年は東京に雪が降らない記録の年になりそうな気配だが、東海道線沿線では雪が多い私の田舎(滋賀県の米原)でも今年は雪で地面が白くなる事はまだないと言う話である。
これは地球温暖化の流れそのものなのか、それとも、たまたま今年が異常な暖冬なのか?よく解らないが、地球レベルの話にしては、昨年の冬との比較でも温暖化が急すぎるようである。
このままでは日本でも四季がなくなってしまいそうで、ポカポカ陽気の冬と喜んでいられない。
投稿者 kitamura : 23:45
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衝撃的出会いから、早や3年!
SHAREする。それは新しいWORKSTYLE。
空間だけでなくビジネス、そして楽しさまでもシェアしたい。
こんなコピーで、SO!の新しい顔となる 『SO!Shinbashi02』を2005年1月21日にオープンして、早や丸2年になる。
その前年の2004年春先、初めてそのビル7階に足を踏み入れた時、私自身は正直、衝撃的な感動を受けた。そして、次の「新しいSO!」の場所は、2ヶ所のテラスに区画された、この変則的なオフィス空間だと直感した。
それは、一年以上の長い空室期間、我々の到来を待っていてくれた運命的場所だったのだと今も思っている。
ロビーから見た執務エリアとテラス
会議室及びキッチン&トイレのパブリックエリア
《自分たちで塗装に励むSO!の仲間》
《SO!自慢のパブリックスペース》
お陰様で、オープン後丸2年、SO!Shinbashi02は、SO!の一つの象徴として、内外の多くの皆さんから高い評価を頂いて来た。大変有難いことであるが、今後も皆さんのご愛顧を頂ける様に、3年前の「感動」を忘れずに頑張って行きたいと思う。
投稿者 kitamura : 19:45
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活躍中のSO!の女性紹介
今回は、女性雑誌『Rosalba』の2007年新年号に登場された、ご活躍中のSO!の女性メンバーを紹介したいと思う。
2007年1月15日発売 Vol.05
『Rosalba』とは、社会的に成功していながら、女性らしく自然体で生きている女性にスポットを当て、そんな生き方を、30代の女性に提案しようとする総合女性誌(四半期毎に発行)のようであるが、その2007年新年号(Vol.05)の中の「今ありのままの女性たち」の特集記事に、写真家の蜷川実花さんらと一緒にカラーコンサルタントの廣野峰子さんが登場している。
Studio Happi Color代表の廣野さんは、誰に対しても明るく、積極的に接することが出来る女性で、男女を問わず交流範囲の大変広い女性だが、女性起業家特有の「一種の灰汁の強さ」を感じさせない自然体の人である。
どちらかと言えば、 商売的採算と言うよりも、意気に感じて仕事をする(動く)タイプのようなので、幅広い活動をしながらも、色々な仲間が集まった「SO!」を気に入って頂いているのだろうと思う。
独立起業家と言っても、当初から企業規模の拡大を最大目標にしている経営者タイプと、自分の好きな仕事を継続することを第一義に考えている独立自営タイプに分かれるような気がするが、廣野さんは、「Rosalba」のコンセプトと同じく、30代を中心とした女性のライフスタイルに関わり続ける仕事スタイルから見ると後者なのかもしれない。
同時に、仕事を通して自分らしいライフスタイルを創り出そうとしている様にも見える。
2007年の今年は、昨年より始められた「ビューティフルバランス・ウォーキング」のプロデュースを中心に、自分のペースで一歩一歩進んで行ければとおっしゃっていた。
余談だが、私自身の仕事への「想い」も含めて、SO!には男女を問わず、「仕事を通して自分のライフスタイルを創り出そう!」という仲間が多いようである。それは、個人レベルで、働く(=仕事)とは、元来、生きる事と同意語と言う事になるのだろう。(勿論、我々の先輩世代の「エコノミックアニマル」とは違った意味ではあるが。 )
投稿者 kitamura : 01:55
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ディープ、感動をありがとう!
薬物検査で凱旋門賞を3着失格となり、国内では社会現象にもなった、歴代最強サラブレッドと言われているディープインパクトが、多くの競馬ファンの期待に応えて、引退レースとなった2006年「有馬記念」を制した。
サンケイスポーツ新聞より転載
主戦ジョッキーの武豊が、『ディープは走ると言うより飛んでいる感じ』と、他のサラブレッドとの比較で、別格の競走馬と常々評していたが、ラストランとなった4歳の最後の有馬記念は、精神的にも大人になり完成された強さだったと言う通り、まさに、一頭だけターボエンジンを搭載しているかの様に完璧な勝利であった。
2006年は、多くの日本人や日本社会にとっても、けっして良い一年だったとは思えないが、クリスマスイブに、「ディープインパクト」と言う名の一頭のサラブレッドが見せてくれた、あの「すばらしい走り」は、競馬ファンだけでなく、多くの人に、来年に向かっての「感動と元気」を与えてくれただろう。
サンケイスポーツ新聞より転載
個人的には、最近はGIレースでもあまり馬券を買わなくなってしまったが、今回の有馬記念は、ディープの勝ちを信じて購入した。1着2着固定で3~5着馬まで的中と、我ながらアッパレな完璧予想であった。
馬券でも、『ディープ、感動をありがとう!』である。
これを契機に、来年はSO!にも新しい流れがやって来る事を期待しよう!
投稿者 kitamura : 00:56
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忘年会、今年も会社でお泊まり!
昨夜は、溜池山王駅近くで、SO!Tameikeのお疲れ様会=「忘年会兼歓送迎会」があって、参加して来たが、夜の7時30分から始まって、予定では9時30分で終了するハズが、お開きになって気がついたら、赤坂見附駅で12時を廻っていた。
そう言えば、店員の方が何度も入れ替わり立ち替わり、我々の宴席に顔を出していたような。。。
一応、2時間程度の予約席が、あろうことか、2時間以上もオーバーして、深夜12時近くになっていれば、さすがに、『どうなってるんだ、この連中は?』なんて感じで、入れ替わり確認にくるのも、尤もな事だったのだろう。 宴会の締めとして、参加者全員での愉快な「近況報告」が、知らない間に大幅な時間オーバーを招いていたのかも?
ともあれ、JR四谷駅の中央線下りホームに12時前に立っていないと終電に間に合わない当方としては、赤坂見附駅のホームで12時を過ぎていると言う事は、帰宅は時間と費用の無駄なのである。
そんな事で、一年振りに、又、オフィスでの「お泊まり」である。
そう言えば、一年前の今頃も、「SO!Shinbashi02」の忘年会の後、雪が降り出した夜に、建築家の「安コーチさん」と、我がオフィスで「お泊まり」だったかな。
まあ、一年に一回くらいは、こんな風に会社のソファベッドで「お泊まり」も悪くないのかもしれないが、それにしても、12月の深夜にしては今夜は暖かい!!!
投稿者 kitamura : 00:56
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自宅周りの紅葉と落葉の風情
陽射しが心地よい、穏やかな日曜日であった。
都心とはまったく街並みが違う、都下の田舎である我が家の廻りは、今日の暖かさも手伝って、丁度、紅葉が身ごろな「晩秋の風情」である。
自宅近くの小さな台地の木々や坂道の紅葉は、確かに目を引くが、今日は暖かいと同時に、風がかなり強く、自宅前の道路や近くの駐車場は、落葉で畳をひきつめたようである。
掃除をしてくれている近所の方には申し訳ないが、今日のような穏やかな晩秋には、道路の落葉も、又、乙なものである
投稿者 kitamura : 15:23
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SO!の初ゴルフ会は雨?
明日、11/19(日)に、SO!Shinbashi02のゴルフ好きメンバー各位と初めてのゴルフ会である。参加メンバーは8名2組で、場所は千葉県成田のゴルフ場にて開催。
SO!では、ゴルフ大会は初めての試みなので、今回は取りあえず、日頃からゴルフの話題で盛り上がっていた親しいメンバーでの開催となったが、今回の結果次第では、徐々に新橋02以外の方にも声をかけて、「SO!第○○回ゴルフコンペ開催』等と、内外にアナウンス出来るようになれば、それも愉しいかもしれない。
ところで、このところの関東の天候は雨が少なく、今日の天気も気温は少し低いが快晴に近く、スポーツするには丁度良い天気あのだが、何故か、明日は、都内も千葉県も「曇りのち雨」の寒い一日と言う予報である。女性メンバーの参加もあるので、寒い雨の中のゴルフは些か心配である。
原因を探ってみたら、参加メンバーに「強力な雨男」がいて、その雨男振りは70%のすごい確立との事である。但し、逆に私は、70%以上の確立で「自称、晴れ男」なので、明日はスコアー以上に、雨男が勝つか、晴れ男が勝つか、見物である。最も、快晴は無理そうなので、小雨乃至は曇りなら「晴れ男」のパワーが勝ったと言う事にして欲しい。
投稿者 kitamura : 12:56
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意外に受ける?「福を呼ぶ服」
毎週金曜の深夜、フジテレビで「アイデアの鍵」という面白いテレビ番組をやっている。先週末は、真木準という、テレビCM等で数々の実績を上げているコピーライターが出演していて、コピーには、「オシャレなコピー」と、単なる駄洒落に過ぎなものがあるのだと言っていた。例えば、『スキだらけのキス』なんて言うのは、駄洒落でなく、お洒落なコピーだと言うことである。
私も、卒業時には、一度は広告代理店への就職をめざし、試験ではコピーにも挑戦した事もあり、興味深く愉しませて頂いた。
そこで、早速自分でも挑戦してみたのが、タイトルの
『福を呼ぶ服』
なのだが、お洒落なコピーになっているだろうか?(笑)
まあ、コピーの話は置いておくとして、今日の話は、「福を呼ぶ服」についてのアイデアと言うか、今朝仕事で移動中に浮かんだ、「思い付き」の話である。
仕事をしていると、誰にも、調子がよい時ばかりでなく、どうしても物事が悪い方にばかり流れ、どうしょうもない時期があるが、それは、自分の仕事のやり方が悪いとか頑張りが足りないと言う以前に、我が身に纏わる「気の流れ」が悪いと言う場合もある。事実、悪いことも良いことは、不思議と連続して起こる事が多いのは誰しも経験する事だと思う。
又、朝、出勤途上でどこか自分の服装がしっくりこない日があるが、そんな日は一日中気が乗らない。その一方で、気に入った服装だと、一日気分が良い場合もある。(身の回りに常に神経を使っている女性には、そんな事は日常茶飯事だろう。)
そんな訳で、服装一つで気分が良い一日になるかと思えば、逆に、気が滅入っている日は服装も何となく地味で目立たないものになる場合が多い。そして、そんな服装を選択した為に、尚更、悪い運気を誘い込んでしまう事もあるだろう。
そんな時、流れ(運気)を好転させる「福を呼ぶ服」なんて物があるとすごく便利じゃないだろうか。
自分のお気に入りの服などは、ある意味、「福を呼ぶ福」なんだろうが、例えば、風水みたいに、カウンセラーとか占い師から、『この色、この素材を身に付けていると、貴方の運気は良くなりますよ!』なんて「お墨付き」が与えられると、本当に幸運を呼んでくれそうな気がする。(尤も、行き過ぎると高額な壷を売り込む怪しげな人になっちゃうが。)
そんな服を着る人がいるの?
なんて冷ややかな声も聞こえて来そうだが、例えば、肝心なときには自分のラッキーカラーを身に付けたり、自分好みのオーラソマーのミニチュアボトルをアクセサリーにしている女性は現にいる。
あなた自身、仕事やプライベートの生活の中で、ボーリングのスコアカードに流れを変えようと、「縦線」を入れるように、行き詰った時や、悩みで落ち込んでいる時に、どこかでこの流れを変えようと、「福を呼ぶ服」に一度くらい頼りたくなるかもしれない。そして、貴方もそう感じたら、他にも、共感する人は大勢いる可能性があるのだから、そこにも、意外性のあるビジネスの芽は宿っている。
SO!シェアサロンの登録会員には、占い、スピリチュアルカウンセリング、パーソナルカラー等、色んな分野の専門家もいるから、意欲のある人が寄り集まって、個人個人に合った「福を呼ぶ服」を共同開発するプロジェクトなんかが出来れば、マジで面白そうだと私は思ったのだが。。。
好奇心旺盛で時間のあるセラピストの方々、是非一度ご検討あれ!
投稿者 kitamura : 02:06
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ビジネスにおける思い付き
ビジネスは思い付きで出来るほど甘くない!
一般的にはその通りだろうが、一方で、思い付きから生まれるビジネスアイデアを馬鹿に出来ないのも事実である。以前、当ブログでも、「ビジネスにおけるアマチュア精神」という記事を投稿したが、組織企業と言う訳ではない当社のような場合には、「アマチュア的思い付き」が、自社の大きな競争力になる場合を否定できないのである。
先日、「SO!気侭な相談室」を開設した。近々には、「フリーターを起業家にしよう!」というプロジェクトを立ち上げたいとも思っている。正直、これらがビジネスに直結するなどとは考えていないが、シェアビジネスを始めた時と同様、「思いつきや」や「ヒラメキ」をあえて外部に発信する事で、自分自身への新たなビジネステーマや刺激になったり、或いは、思いがけず、知らない人から共感を頂くこともある。
世の中には、個人的にもビジネス上でも、色々な事で困ったり悩んでいる人も多い反面、逆に、色んな分野に秀でてる人とか、面白い事を考えている人も多い。従って、取りあえず、自分が興味が持てそうなテーマに対して、「この指とまれ!」的に情報発信すれば、そこから、他者との出会いやビジネスの拡がりに繋がると思う。
何も発信しなければ、当然、何事も始まらないのである。
新聞記事からの情報(2006.11.12朝日新聞朝刊「水平地平線」に掲載) で恐縮だが、今年のノーベル平和賞を受賞した、ムハンマド・ユヌスさん(バングラディシュ出身の経済学者)はソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)の草分的存在として知られている方との事である。
勉強不足で知らなかったが、この「社会起業家」とは、福祉、教育、環境と言った公共性の高い分野に、収益事業として取り組んで、問題解決を図って行こうという人々の事を言うらしい。
そして、思いつきやヒラメキのビジネスとは言うつもりはないが、このムハンマド・ユヌスさんが始めた事業は確かに興味深い。その事業とは、グラミン(農村)銀行と言って、土地や担保なしで、「農村の貧しい人々」にお金を貸し出す銀行業務を行っていると言う。 資産や財務状態を厳格にチエックし、リスクのない貸出ししかしない「日本の都市銀行等」では考えられないビジネスモデルと言える。日本にも昔には、「頼母子講」や「無尽」という、似たような助け合いの制度があったようだが。
そして、世界で1700人もの社会起業家を発掘し、資金援助をしている、「アショカ財団」代表者の話として、「社会起業家とは、ユヌスさんのように世の中の常識的発想をガラッと変えることが出来る人である」と、記事内で紹介している。
小さな企業が手掛けるビジネス分野の例として、「ニッチな分野」と言うものがあるが、常識的な世界で、横綱相撲が取れる大きな規模の企業は兎も角、個人や少人数で起業し、ビジネスを続けて行くには、このような社会起業家でなくとも、『アマチュア的発想のアイデアとか思い付き』を大切にする事は重要であると思われる。
さらに言えば、これからのビジネス状況では、新分野のビジネスの成功は、行政や既存の大手企業が見落としたり、手を出したがらないニッチな分野で、素人的な、正確には、素人だからこその「非常識とも言える発想」を上手く活用したビジネスモデルでないと成立しないか、少なくとも 成功しにくいと思う。
そして、私の個人的な願望で言えば、そこでは、「社会起業家」のビジネス同様、現在の競争社会の常識である成果主義やそれに伴う過度な格差主義とは違った、共生的な原理によって問題解決が図られるビジネスが主流となっているだろうと思う。
投稿者 kitamura : 01:10
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高校の履修漏れ問題に一言
この一週間、テレビや新聞紙上で毎日のように取り上げられている、全国の高校での必修科目の履修漏れ問題で、ついに、茨城県では校長先生の自殺という事態にまでなってしまった。
文部省が悪い、いや、各県の教育委員会が仕事をしていない、必修科目と知りながや履修漏れに目を瞑って来た学校が悪い、等々、色々言われているが、こんなものは、誰が悪いと言う問題ではなく、それは日本と言う社会システムの問題であり、それを支持している我々国民一人一人の問題であると思えて仕方がない。
この数年、日本では、「努力した者が(経済的に)報われる社会にすべき」と、声高に主張する政治家や財界人、さらには、経済の専門家が目につくが、一方、国民の多くもそれを支持している訳であるが、その結果として、現在の日本社会では、成果主義や格差社会とか競争社会が、当然な事のように幅を利かせている。
個人的には、因果応報と言うように、努力する人はどこかで報われるものだと思いたいが、だからと言って、努力しなくとも報われる人がいてもダメだとは思わない、運が良い人だと感心するだけである。むしろ、犯罪行為に手をだしながら報われる社会の方は御免である。
それは兎も角、この「努力した者」の中には、当然、偏差値の高い学校に入学する事も含まれているハズである。
「学歴偏重」の批判など、一時は、学歴だけに偏った評価制度を見直そうという流れもあったように記憶しているが、やはり、現実の前には勝てないのか、いつの間にか、一部の層では、昔以上に学歴重視になったり、企業社会に於いても、「成果主義」なんて事が金科玉条のようにもてはやされて来た。(尤も、最近では、この成果主義に対しても一部見直しが図られているようであるが。)
そんな状況の中で、その高学歴を目指し、厳しい受験競争に勝利しようと必死に頑張る生徒、それをひたすら支援する父兄、さらに又、国公立や有名私立の合格率を上げる事で生徒や父兄の評価を高めたい学校、夫々が一致団結して、受験で良い結果を出そうと頑張った結果が、今回の「必修教科の履修漏れ問題」に行き着いていると考えても、特に不自然ではない。
教育委員会、その後ろにいる文部省の官僚や政治家は、履修漏れによって、生徒が「世界史」や「日本史」など受験科目から外れた教科を学ぶ機会を逸した事が問題と言うより、現場の高校が指導要領を遵守していなかった問題として、或いは、必修科目をきっちり履修した学校(生徒)と未履修の学校では、受験における公平さが損なわれる事が問題である、と言う風に考えている節がある。
それも不思議であるが、所詮、日本の教育は受験用教育(偏差値教育)と言われて久しい訳で、今更驚くこともないのだろうか。
いづれにしても、受験とは子供が大人社会にデビューする時の最初の登竜門と考えれば、そこで有利なポジションを得る事は、今後の競争社会を勝ち抜いて行く為には大層大事なステップとなる訳だから、生徒自身も親も、そして父兄からの評価が欲しい学校も、必死に受験での成果を求めるのは、庶民感情とすれば仕方ないのだろう。
何と言っても、現在の日本では、国民の多くも、「努力した者が報われる競争社会」を支持しているのだから。
そんな事で、今回の未履修問題も、穿った見方をすれば、心優しき、お人好しの学校が、それに付き合ってだけとも言えるし、又、同時に、学校さえも、世間の成果主義や競争社会にまんまと飲み込まれている悲しい現実があるとも言える。こんなところにも、学校に於ける「いじめ問題」の本当の問題点があるのかもしれない。
そして、又、安部総理が唱える「美しい日本」を取り戻そうと言う事も、一部の者が一人勝ちするような、ギスギスした競争社会や社会格差を助長するのではなく、少しは「共生」とか「思い遣る」と言う方にも目を向けながら、余裕ある社会の実現を目指して行かなければ、誰にとっての「美しい日本」なのですか?と言う事になってしまうだろうと思う。
投稿者 kitamura : 01:30
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ビリアード台のあるオフィス
オフィス内に自由に使えるビリアード台がある!
残念ながら、SO!のオフィスではないが。
SO!でも、そんな遊び心のあるオフォスを早く作れれば良いが、幾らなんでも、今はそこまでの余裕がない。スペース的にも、資金的にも。
広~いロビーか、結構余裕のある「遊びの間」のような空間がないと難しい。
現在、このビリアード台を設置しているのは、当社が長くお付合いさせて頂いているIT企業で、若いスタッフ12名のシステム開発の会社である。この台の設置場所として3.5m×3.5mのスペースを確保しているが、その分、社長席は、サーバールームと一緒になっていて「煩くて電話も出来ないよ」と社長自らボヤイている。
そんな事で、社員の増員ニーズに合わせて、ついに、この年季の入ったビリアード台を処分したいと言う話である。
SO!のどこかのオフィスに設置したらどう?
と、聞かれて、一瞬、SO!Shinbashiのロビーに?なんて考えも、所詮無理な話である。
そこで、どなたか、個人宅でも、オフィス内にでも設置可能な方がいらっしゃれば、無料で差し上げますとの事である。
但し、1600mm×2900mmというサイズでかつ、大の男2人程度では、ほとんど動かない重量物だから、恐らく移動費は5万~10万円程度は掛かってくると思われる。実際、欲しいと言う方がいれば、この運送費の双方の負担分は当社で交渉する事は可能であるが。
そんな条件の中、『是非引取りたい!』と言う方は、下記のSO!事務局までご連絡あれ!
SO!事務局 北村 090-2223-3796
投稿者 kitamura : 01:03
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シェアオフィスにもバイオリズム?
シェアオフィスのバイオリズムとは何ぞや!
そんな込み入った話ではなく、例えば、レストランやカフェなどで、空いていた場所に或る人(私)が入って行くと、何故か直ぐ混んでくるとか、逆に、混んでいる場所がどんどん空いていくという事がある。
少なくとも、そう思っている人は何人もいるハズである。
同じように、オフィスや美と癒しのサロン等、空間をシェアしていると、空席がない時に内覧や入居申込みが続いて、嬉しい悲鳴をあげていたかと思うと、一部の人が退室したり、場所を移動する事をきっかけに、訳わからず、急に退室者が連続するという場合がある。
不思議なものである!!
「地の縁」とか「人の縁」」とかの絡みなんだろうか?或いは、単に『運営者のバイオリズムが悪い!』という事なんだろうか?
丁度、この8月~9月は、SO!ではその悪いバイオリズムの時期のようで、一部のオフィスで短期間に退室申込みが重なっている。逆に入居希望者が重なっているオフィスもあるのだが。。。
SO!というシェアードオフィスのシステムや環境が飽きられているのであれば、それはそれで納得して、ビジネス的対応をして行くしかないのだが、「地の縁」とか「人の縁」」とかの話なら、入退室者が一段落して、 『流れ』 が変わるのを待つしかない。
世の常として、個人生活レベルと同様、ビジネスに於いても、「流れ=バイオリズム」はあるのだろうから、妙に焦ったり、慌てたりしても仕方がない。
が、実はそれは、「流れ以前の問題!」かもしれない!その場合は、SO!の有り様を考え直さないといけないので、なかなか大変である!
投稿者 kitamura : 19:59
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「まほろ駅前」人気の町田
先日、仮宿中の当オフィスブログでも「お盆休みに読んだ小説」で取り上げた、『まほろ駅前』が地元で人気のようである
今年の直木賞受賞作品 『まほろ駅前多田便利軒』(三浦しをん作)が、その舞台となった町田で、受賞直後から8月末まで、駅前の大手書店で文芸書部門第一位の売行きとなり、市立図書館では貸出し希望の予約者が400名近いと言う話である。
(9/1朝日朝刊から転載)

確かに、芥川賞や直木賞を受賞した作家の地元や、作品の舞台となった町の住人は、高校野球の優勝校程ではないだろうが、何となく自慢の種となり、自然とその作家や作品に興味を抱くのも解る気がする。
かなり前の話だが、村上龍が『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を取った時、私はまだ現在の場所に住んでいなかったが、その舞台となった米軍基地のある街:「福生」は隣町であり、又、福生には、『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』という作品で1987年に直木賞を受賞した「山田詠美」も長く住んでいた。(今も住居があるのかどうか知らないが。)
これらも私には関係ないと言えばその通りだが、しかしながら、何となく村上龍や山田詠美に、作家として、又その作品に注目してしまう地元民は私以外にも大勢いるだろうと思う。
山田詠美はその生き方も話題になる事が多く、私の好きな作家の一人でもある。
オリンピック選手や選抜高校野球の地元がヒートアップするのは普通だが、話題性のある受賞作や作家の場合でも、今回の町田のように、地元が支援して盛り上がると言うのは、これはこれで、なかなか楽しいものである。
投稿者 kitamura : 01:20
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平然とシルバーシートに座る若者
最近、電車内のシルバーシートに平然と座っている若者が目立つ
老いも若きも、それなりに疲れているのだろうと言えばそれまでだが、通勤ラッシュ時ならいざ知らず、朝の8時や9時を過ぎた頃、年配の方や子連れの方も電車を利用する時間帯になって、平然とシルバーシートに座っている若い女性や男がかなり多い。
シルバーシート以外の席が空いているにも関わらず、シルバーシートを「自分専用席」の如くに使用している若者などは、一体何を考えているのかと腹立たしくなる。
『シルバーシートってさ、不思議に結構空いている時が多いよね!』なんて、真面目な顔して友達に話しているのじゃないかと、本気で心配になる。こうなると、確信犯の方がまだ救われると言うものである。かなり情けない状況である!
聡明そうな若い女性が平然と座っていると、近づいて行って、「ここはシルバーシートなんだけど、どういうつもりで座っているの?」と聞いてみたくなる。少子化の現代、子供への愛情という大いなる勘違いか、子供を自己満足の対象と考えているのか知らないが、甘やかせてばかりで叱ることも出来ない母親と、どこかで通じている気がしてならない。
両方とも、「想像力の欠如」である。
若い男の場合は、自分が本当にシルバーシートのご厄介になるのは何十年後先の話だから、他人への思いやりがない馬鹿な奴で済むかもしれないが、若い女性の場合は、妊娠とか、乳幼児を抱えての外出とか、自分自身もシルバーシートの世話になる時は間近いハズである。
もし、老人が若者よりどれだけ疲れやすいかを想像できないとしても、大きなお腹をして、かつ幼い子供を抱えて電車を利用する時に、シルバーシートが空いていればどれだけ有難いか、同じ女性として、そういう状況を少しイメージして見れば解るハズである。
そして、若くて元気な自分が、お年寄りや障害のある人用の優先席に、平然と陣取ってる事がどんなに無神経で格好悪いことかも見えてくるハズである。
まあ、現実的には、シルバーシートに座っている若者に片っ端から文句を言って歩く訳にも行かないが、
彼や彼女の無神経な振る舞いは、いつか自分自身に帰ってくるだろう。「因果広報」というやつである。
これら、無神経な若者の振る舞だけでなく、ホリエモンや村上某の改革に名を借りた、不正も辞さない自己中心の企業活動にしろ、人気取りに終始した感のあるパフォーマンス政治家の今後にしろ、みな同じであると思う。どこかで収支は合ってくるであろう。
まさに、「因果応報」である。
投稿者 kitamura : 02:18
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終身雇用制度後の新しい仕事感
日経朝刊の一面のシリーズ特集『会社とは何か?』の昨日の記事は、”回転ドアも戦力にする”という見出しで、企業の人材確保の現場を取り上げていた。
数年前から多くの企業が、所謂「リストラ」と称して、中高年中心に人材整理をして来たのは周知の通りだが、此処に来て企業業績が回復してきたら、今度は逆に優秀な人材の確保が難しくなって来たようである。
その事は、以前、当オフィスブログでも十分予想される事として取上げたが、長い終身雇用制度の中で、優秀な人材も、そうでない人材もバランス良く雇用してきた企業が、リストラと称してドラスチックに人材整理を行って来た結果、雇用される側では、「今後は以前のような会社人間ではダメだ」と言う事を学習した訳である。
優秀で能力のある人ほどこの急激な変化に迅速に対応し、早く何か独立出来るような準備を進めるべきだと考え始め、大手企業にいて、いつリストラの憂き目に合うか解らないなら、苦労しても、思い切って自分の好きな事にチャレンジする方が賢明であると解ってきたのである。
実際、今月(2006年5月)スタートした新会社法の影響も大きいようだが、先月辺りから、新しいオフィス(シェアオフィス)の問い合わせが目立つ。起業をめざしている優秀な人材が多いということであろう。
そんな状況の中、日経のシリーズ特集「会社とは何か?」の昨日のレポートは、大手食品会社を退社して、自分でやってみたいと思っていた「造り酒屋」の職人としてスタートした人が、その食品会社が「復職制度」を新たに設けたと言うことで、冬から春の「酒造り」の時期は「造り酒屋」で仕事をしながら、仕事がない夏から秋の期間は、復職して、「トマトジュースの営業マン」として働き始めたという話である。
大手企業においてすら、一旦退社した人を「回転ドアよろしく」再度受け入れざるを得ないという事は、最近は優秀な人材を確保する事が如何に困難かを物語っているが、これはある意味、働く人にとって逆に新しい可能性を提示してくれる、すばらしい変化だと言えるのである。
「働くとは何か?」、「会社とは何か?」を改めて考えるチャンスであるから。
雇われる側は、最早ブランドや安定志向だけで大手企業に就職する時代でもなく、又、そんな必要もなくなってきたのである。好きな仕事を見つけながら、空き時間だけ企業の社員になったり、プロジェクト的に業務を請負う事が可能となっている。大手企業さえ「復職制度」のような形で、こういう働き方を支援してくれるのだから、この機会に「自分流の働き方」を見つけ、チャレンジしてみることである。
来年から始まる何百万人という団塊の世代のリタイアに関しても、本当に自分がやってみたい事は何か?を今一度見直してみて、夫々を上手に組み合わせて行けば、意外と、『案ずるより生むが易し』で、自分に合った仕事(生きがい)が見つかる可能性は高いように思う。
年齢や立場に関係なく、重要なことは、『生活のために働くのではなく、働くことそのものが生活である』ような自分の仕事(生き方)を探し当てる事である。
投稿者 kitamura : 16:07
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「もったいない」と言うこと
最近、「もったいない」という日本語が、「MOTTAINAI」と言う表記され、世界に広まっているようである。広めているのは、ケニアの女性副環境相である、ワンガリ・マータイさんという65歳の女性との事である。
現在、来日中のマータイさんは、前回来日した時に、「もったいない」と言う日本語の意味を聞かされて、ご自分で進めているリデユース(ゴミ減量)、リユース(再使用)、リサイクル(再利用)の頭文字をとった「3R運動」を象徴する言葉として大変強い共感を覚え、その後世界の色々なところで、この日本語を広めていると言う話である。
欧米諸国やアフリカで3R運動を説明するのに、「もったいない」という言葉を使うと、人々の琴線に触れ、抽象的な概念としてでなく、個人的、文化的なレベルで理解されるとのお話しである。
詳細は、2/14毎日新聞朝刊に「もったいない」は世界への贈り物と言うインタビュー記事が掲載されているのでご覧あれ!
ところで、同じ、今朝の毎日朝刊一面に、「暴かれる錬金術」として、ライブドアの投資事業組合を利用した自社株売却益環流に関する「チャート図」が、毎日新聞の特ダネとして掲載されていた。

外国の環境相が日本語の「もったいない」という言葉(文化)に大層共感して、この日本語を一所懸命世界各地で広めようとしている一方で、政権首脳が持ち上げてきた「日本希望の若手起業家」が、実は犯罪行為に手を染めながらマネーゲームに興じ、短期間にサラリーマンの平均年間所得の1000倍もの個人財産を得ることに躍起になっていたというのは、その対比としてあまりにも別世界の出来事である。
最近の若者、特に意欲的な若者ほど、「人生はお金がすべて」、「幸せとはお金で買うもの」と言わんばかりに、大金を稼ぐことイコール「勝ち組人生」であると本気で考えているように見えるのは、あまりに貧しき精神と言わざるを得ない。そして、この一元的で貧しい勝ち組の図式を担保して来たのは、昨年秋に「郵政、郵政!」と大騒ぎした一連の「小泉改革」というマジックであり、金融グローバライゼーションに象徴される「市場原理主義」ではないのだろうか?
若者よ!そんなに急いでどこへ行こうと言うのか?
そんなに稼いでどうするのか?
豊かで充実した人生には、本当に何億ものお金が必要なのか?
そんな馬鹿な事はないだろう!生きて行くには、何がしかのお金は必要であるが、人生はマネーゲームと単純化するほど味気なくも底浅いものでないと心ある大人は知っているのである。
物を大切にすると言う「もったいない」という言葉は、その物を「充分活かすとか、味わう」と言う意味でもある。だから、廻って来たチャンスや持っている潜在能力を十分に活かせていない人を「勿体ない奴!」と我々は言う。
有能な者は、社会のエリートとして各分野でやるべき使命を請負っているのである。それが自分を活かすということである。才能ある若者が、唯自分の為だけにマネーゲームに興じてばかりでは、まさに「もったいない」のである。最近、社会問題のみならず、政治問題化している「格差」という問題も、「人生の豊かさ=お金」と一元的に捉えている限り、益々加速して行くであろう。
ワンガリ・マータイさんの「MOTTAINAI」運動に教えられて、我々日本人も、もう一度「もったいない」という精神を、文化を思い起こして、資源や人や人生そのものの多面な価値を再生させる必要があるのではないだろうか!
投稿者 kitamura : 23:28
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やっぱり、ここのパスタは美味しい!
今日午前中、シェアオフィス「SO!Suidobashi362」に内覧者があり、午後は同ビル1FのSO!シェアサロン「Beaut!Suidonbashi」の会員ミーティングの予定が入っていた。
その間、丁度12時~13時まで1時間の昼食タイムが出来たので、水道橋駅界隈で昼食を取ろうかとも思ったが、思い切って、急ぎ京橋のパスタ店「CHAYA」までパスタを食べに行って来た。
やはり、ここのパスタは美味しい!
以前、当オフィスブログの中でも簡単に紹介したが、短時間で美味しいパスタを食べるなら、カウンター席17席程度のこの店は絶対お薦めである。(料金も700円~1000円と、まあ手頃だと思う)

パスタ好きな人は、試しに、八重洲通りと中央通りが交差したブリヂストン京橋ビルの東京駅側地下にある「CHAYA」に是非一度行ってみて下さい。
平日のお昼時は近くの会社のOL中心に列をなしているが、午後1時を過ぎれば、或いは、今日のような土曜日なら昼時でも大丈夫である。
今日は、個人的に大好きな「イカとほうれん草とトマト入りペペロンチーノ」を食べたが、このメニューは、平日だと午後1時を過ぎないと受けてくれない。少し手がかかるからであろう。他に、「ピリ辛(100円増し)にしたナスとベーコンのトマトソース味」も当方の好きなメニューである。
パスタと言えば、当社オフィスの近くの、西新橋1丁目(外堀通り沿い)の「La Mamma」もイタリア家庭料理店として、料理もワインも大変美味しいが、明るくて楽しいママがもっと美味しい。(笑)
料理とワインをゆっくり愉しむなら、西新橋では「La Mamma」がお薦めである。
投稿者 kitamura : 16:28
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