カテゴリー:時事 2012年05月13日

小沢裁判の検審控訴に一言

10日間近い長期のGW休暇は、個人的には、しつこい風邪の症状に悩まされ、休み明けからは、風邪もすっきり完治しないまま、今や持病となってしまった「痛風」の発症と、その痛み止薬の副作用で胃を悪くして口元にヘルペスのお出ましと、踏んだり蹴ったりの今年の5月スタートも、病気の症状は徐々に回復に向かい出だした週末の日曜日。

天候の方も優れなかったGW休暇から一週間が経って、今日はやっと5月らしい休日となっているようだ。そう言っていると、そろそろ曇りだしたが。。。

ところで、先月の検察審査会の一審で無罪判決が出た所謂「小沢裁判」に対して、先週木曜(5/10)、検察官役の指定弁護士3名が控訴することを決定したと報道された。

当該「控訴」に対して、与野党の政治家やマスコミ、或いは法曹関係者から賛否両論のコメントが出されているが、今回の「控訴決定」した指定弁護士達3名に対して、私は個人的に大変腹立たしい気持ちである。これは、弁護士により『権力の乱用』ではないのか?と言いたくさえなった。

政治資金規正法違反(虚偽記載)容疑で検察が立件のプロとして捜査したが不起訴処分としたことに対し、これでは法の公正さを欠くとか、多くの国民が納得できないという理由で、検察審査会で審査し「起訴相当」の決定をして、再度、検察により再捜査が行われ、それでもやはり不起訴が決定し、それなら自力で起訴しようと、検察審査会で2度目の「起訴相当」の判断を下して「強制起訴」に漕ぎ着け、検察に代わり、審査会の指定弁護士が「検察官役」を担当して裁判を戦った。

そして、一審の裁判所が出した結論が「無罪」となったのが、今回の「小沢裁判」のあらましである。

つまり、検察が小沢さんの秘書3名を逮捕して念入りに調べたが、当該「政治資金規正法違反(虚偽記載)」としては不起訴しかないと2度も判断し、更にその上で、審査会の検察官役指定弁護士が有罪にもって行けると自信をもって強制起訴したが、裁判所が出した結論はやはり「無罪」だったのである。

一般的に常識的に考えれば、『虚偽記載』という事件への捜査や起訴としては、もうこれで十分だろうと思うのが普通ではないのか?

企業からの裏献金や政治資金集めなどの問題で小沢さんには怪しいところがたくさんあるから、今回の「無罪」は納得できないと言っても、立件のプロの検察が2度判断を下し、さらに裁判所の判決も「無罪」となれば、暇に任せて趣味で『裁判ごっこ』をしている訳ではないのだから、、、

裁判に掛かるいろいろな費用の問題(検察官役の弁護士にも手当ては支払われているだろうし)や、被疑者の国会議員としての活動への影響、さらには、小沢さんも大いに関わっている現在の政治課題を考えれば、今回は「検察官役」と言っても、本来、弁護士の3氏が、そこまで執拗に追求して行くのは、『木を見て森を見ず』と言うような愚かな決定ではないのだろうか?

法的に証明できなければ法治国家ではどうにもならない訳であり、更に言えば、政治家は司法で裁かれるばかりでなく、選挙を通じて国民の審判をクリアしなければ政治家としての資格を剥奪されるわけである。

法的正義を貫くと言う高尚な目的意識で一審の裁判で検察官役を担当した当該指定弁護士の主張と、当初の検察により捜査報道も合わせれば、政治家「小沢一郎」の疑わしい部分も国民(選挙民)に示せただろう、と考え、後は選挙民に任せれば良いではないか、それが所謂「大人の判断」ではないのか?

検察審査会の役割とは、せいぜいその辺が妥当なところだろうと思う。

それを、いやいや、完全に暴いて有罪にするまでは戦うぞ!と言うなら、 『大室さん!あなたは弁護士やめて、本物の検察官におなりになれば如何でしょう?』と私などは皮肉の一つも言いたくなる。

こうなると、今回の検察官役の指定弁護士(3名)には、高尚な目的意識とは違う何か別のネライがあるのか?と疑りたくなる。

控訴審で有罪を勝ち取って「名を挙げたい!」なんて浅はかな考えはないとしても、正義の味方気取りとか、有能弁護士としての実績を作り、今後の弁護活動に生かしたいなんて、ひょっとしたら密かに思っておられるかもしれない?まあ、考えるのも馬鹿らしいが。。。

いづれにしても、今回の検察審査会の指定弁護士諸氏も、与野党の政治家も、マスコミも、たかが政治資金規正法違反(虚偽記載)で、そんなに執拗に『小沢裁判』に関わり、注目し続けることは、逆に、政治家「小沢一郎」の力を認め、更に高めることになることも知っておくべきですよ!

この経済的にも政治的にも大変な時期に、与野党の政治家やマスコミが力を結集して、一部の利害集団でなく、多くの国民が納得できる「政治力と政策立案力」を発揮して行けば、国民や地元民も自然と政治家「小沢一郎」から離れ忘れていくでしょう。

相変わらず、アメリカや官僚に気兼ねをしながら彼らの利益を優先する政策しかとれずに、徒に、コップの水を左右する程度のことばかりやっていては、国民は政治家「小沢一郎」の豪腕にも期待するだろうと思う。それが目障りな人達が、執拗に「小沢つぶし」を続けていかざるを得ないと言うことになる。

野田総理をはじめ民主党執行部に対しても、疑惑を抱えると言う理由で、小沢さんをのけ者扱いにするのではなく、消費税値上げ反対やTPP問題で、先ずは政策としての小沢さんの主張に対し真っ向から論争を挑んで欲しいものである。

投稿者 kitamura : 14:54 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2011年04月10日

影の薄い都知事選の投票日

今日は東京都知事選の投票日なので、午前中に近くの小学校まで投票に行ってきたが、如何せん、今回の都知事選はやたら静かで盛り上がらない。

東北関東大地震の被害が甚大で、不明者の捜索や被災地の多くの方の避難が続いている状況下では、都内でも義捐金や被災地支援の街頭呼びかけが目立つ一方で、賛否はいろいろだが各種イベントの自粛も継続しており、都知事選が盛り上がらないのも致しかたなしと言うところだろうか?

 

それにしても、四選をめざす石原都政の継続か、新しい都知事の誕生かは、東北地区の復興にも関連して、大都市東京の今後の舵取りはすごく重要だと思うが、なんとなく、都知事選も一種の自粛ムードで、目だった政策の議論や検証もなく、あっさり石原都政継続に落ち着きそうなのは残念である。

今回は未曾有な自然災害の直後だけに、活発で賑やかな選挙戦や大きな政治変革を良しとしないムードがあるのは分かるが、この状況は安定継続を訴える石原氏に大変有利な状況であるのは確かである。

 

最終的な投票結果や投票率はまだ分からないが、個人としては、東北地区の復興や、新しい東京、新しい日本と言うテーマを考えても、この状況下での、盛り上がらない都知事選は大変寂しいし残念である。

投稿者 kitamura : 17:50 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2009年08月30日

衆議院選開票結果に先立ち思うこと

国民にとっては、色々な意味で期待値が大きい衆議院選挙の投票日がついにやってきた。

選挙で政権が変わり、政治システムや社会生活がどう変わるのか?

これが本当に今回証明されれば、良い悪いは兎も角、日本人の多くが「民主主義とはどんなものか?」を肌で感じられる日がやってくることになるだろう。

但し、その為には、今回の野党各党が「政権交代でやろうとしている改革」が、「自民党を私がぶっ潰します!」と豪語して総理になった小泉さんが4年前の郵政選挙でめざした改革と同じでは意味がないし、それでは困るのである。

「構造改革なくして景気回復なし」と言う小泉改革には、私は当時から懐疑的だったし、今の地域や人の経済格差も、自民党の凋落も、小泉政治の自然な流れの結果だと思っているが、一番大きな問題点は、こんなにも早く、ネライと逆の結果が生まれた「郵政改革」の実現を、変人小泉純一郎は、本当に、自分の政治生命を掛けて目指してきたのだろうかと言う疑問である。

これは単なる偶然なのか?たまたま時期が悪かっただけなのか?現在の状況を見ていると、そう考えている人は少数だろうし、そうでなければ、ここまで一気に「小泉改革見直し」の流れになならいだろう。 

 

小泉純一郎という政治家の特異性は、そのタレント性であり、パフォーマンス能力であって、けっして、政治家としての「高い志や資質」ではないと、私は今も思っている。

2004年当時、自民党の危機的閉塞状況の中で、運良くチャンス到来で、あのような異彩を放ったと言うに過ぎず、総理大臣にならなければ、権力中枢に位置する政治家でもなく終わっていたのではないだろうか?我々の身近にいる普通の人であれば、ユニークな 「お調子者」として人気者だっただろうと思うが。。。 

前回の構造改革の問題点は、既得権を剥奪して、誰もが自由に参加出来る市場にする事を標榜しながら、実は、古い既得権者を追い出し、自由競争や規制緩和の名の下で、国内外の新しい利権層が活躍する場を手助けしたに過ぎなかったと言う事ではないのか?

一部の大企業や経済界のニューリーダーの活躍により、日本経済のパイを急拡大して、その恩恵でもって多くの国民の生活を豊かにしようと考えたのだろうが、世の中はそんなに便利に出来ていないし、又、人間はそんなに立派でもないだろう。新しい利権者は国民のことより、当然ながら、我が身が一番なのである。

その結果、富めるものは更なる冨を求めて、海外進出をめざし、国内では競走力の為と称して、安い労働力確保の為の法律作り(規制緩和)を進めて来たのであるが、残念ながら、肝心の海外マーケットが大打撃を受けてしまい、国内の安い労働市場が、さらに悪い状況となって来たのが現状である。

 

このように、手間の掛かる国内産業の建て直し(内需拡大)に目を向けず、安直に、金融グローバリズム礼賛や海外市場頼みの輸出一辺倒の戦略をとってきた大企業と、声高々にそれを支援してきた、小泉-竹中改革に象徴される「新自由主義的礼賛」の流れを、新しい政権は、どのように転換しながら、日本の産業構造の立て直しと社会変革に結び付けて行けるのか、大変難しい問題ではあるが期待したい。

色々な分野で自由はすごく大切だが、文明社会はサバイバル世界ではないのだから、地域や人々が安心して生きられる社会システムをめざすのが、政治家や社会的リーダーの一番の仕事である。どうしても、競走や勝ち負けを生甲斐にしたい人がいれば、芸能やスポーツの世界もあるし、経済界で競走することも良いが、その結果で、冨が偏り過ぎるのは良くないと私は思っている。

人間の欲深さを考えると、社会システムとして、適度な再分配機能を取り入れるのは当然ではないだろうか?他者の生存を脅かすような、徹底した競走社会を一体どれだけの人が望んでいるのか?疑問である。

何は兎も角、後8時間以内に、今回の政権選択選挙の全容が判明する。恐らく、事前予想の通り、新しい政権が誕生するのだろうが、新政権に望むのは、現状のような極度な格差を生み出すことなく、ルールある自由競争の中で、如何に多くの人々が安心して生きられる社会の実現をめざして欲しいと言う事である。

それは、国内だけでなく、他国との関係に於いても同じである。軍事力を盾にした問題解決や利害調整もやむなしと言う考え方を日本は取るべきではないと思う。運良く、今のアメリカ大統領はオバマさんでなのだから、新しい日本の代表者は、今までとは違った日米関係や国際関係を是非とも模索してほしい。

投稿者 kitamura : 15:20 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2009年07月12日

東京都議選に一言

今日7/12(日)は東京都議会議員選挙の投票日であり、即日開票されるようだ。

事前予想では、自民党のかなりの苦戦と、民主党や共産党などの現野党の躍進するにも言われているが、個人的にも、ひょっとして都議会でも民主党が第一党になるかも?と言う気がする。

但し、多くの国民の興味は今夜遅くに都議選の選挙結果が明らかになった時点で、自公の与党が過半数割れを起した場合に、麻生さんがどう対応するのかと言うことなのだろうが、現在の政治経済の状況に多くの人が不満を抱いているのは事実であり、『攻守処を変える』ではないが、政党内の改革派VS非改革派の戦いと言うことで目先を変えることではなく、やはり、一度政権を変えて見ることが重要ではないかと思う。

現在の自公政権を支持する人々の意見として、外交や防衛を中心に民主党中心の政権では多くの不安があり、「日本が心配である!」みないに言っているが、この日本の「だめんず」ならぬ、ダメな政治経済状況を変えようとするなら、その程度のリスクが取れなくてどうするのか!その為に、色々な問題を含み賞味期限が終わったとも言われた自民党政権を、「私が自由民主党をぶっ潰します!」と言い切った小泉さん一流の「目くらまし」によって、その後6年間も継続させてしまった訳である。

大多数の国民に支持された郵政民営化を中心とする小泉改革は、今や自民党内でも賛否両論で、政策的にも改革推進と後退(と言うが否定)が入り混じっている状況である。

小泉改革がすべてダメだったとは言えないが、相変わらず官僚支配の継続や、民営化しても、役人の代りに、大手企業により新しい利権構造が生まれているとすれば、民営化とは何だったのか?かと言う問題とも絡み、本当に国民の大多数は、冨の再分配などに関連して、「公平重視の社会から徹底した自由競走社会」を支持しているのか?多いに疑問である。

政治は我々の日常生活に直結したものであるから、政治家のパフォーマンスやマスコミに頻繁に顔を出す一部の経済学者のもっともらしい理屈に惑わされることなく、各党のマニフェストが真に意味するものは何かを考えながら、個々が納得できる選択をしていかないと、結局は「天に唾する」ことになりかねないのである。

兎も角、今日深夜の都議選の結果と、明日以降の麻生さんの対応は大変興味深い。

投稿者 kitamura : 12:09 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2009年03月30日

小沢一郎代表辞任論に思う

昨日実施された千葉県知事選挙で、自民党の一部県議が支援する森田健作氏が当選したことに絡み、今朝の報道各社は、緊急世論調査の結果を発表し、「小沢一郎民主党代表の辞任を求める国民の意見が60%を超えた」と報道している。

以前、当オフィスブログに「小沢一郎公設秘書逮捕に思う」のタイトルで書いたが、今回の秘書逮捕から始まった一連の捜査劇は、巷でも囁かれている通り、検察官僚の情報操作の「疑いあり!」という可能性が否定出来ない限り、検察からの情報リークに乗っかって報道しているマスコミ報道には距離を置きたいと個人的には思う。

つまり、秘書による「政治献金の虚偽記載」の罪はあるとしても、私は、小沢さんは代表辞任をけっしてすべきではないと考えている一人である。言っておくが、私は以前から小沢一郎の支持者ではないが、現在の日本の政治状況(政権交代と官僚政治の打破が必要な状況)では、欠くべからず剛腕(?)政治家だと思っている。

政治家はすべて、なんだかんだと言っても、誰しも選挙を通じて国民の審判を受けているが、官僚はそうではない。従って、もし、官僚による国家権力の恣意的な発動が可能とすれば、これは、政治献金額の大小や献金方法などの法律問題とは次元が違う大問題である。

 

政治家は国民から選ばれた「公僕」であるとは言われるが、今の時代に、30年以上国会議員を続けられる人はそんなに多くない。一方、官僚のほとんどは、刑事起訴されるような事がなければ、学校を卒業して約40年間身分保証されている立場である。「公僕」と言えば、こちらの方が余程「公僕」でなければならないのである。

その保証された立場の中で、万一、国策捜査や政治介入が行われているとすればトンでもない事である。どこまでが真実かは分からないが、以前起訴された、鈴木宗男氏や外務官僚の佐藤優氏は、その後、「国策捜査」について手記などを発表している。その内容が事実なら、日本は、政治も経済も、国民が何も手出しが出来ない「官僚達」により自在に動かされている事になる。

話が横道にそれてしまったが、そんなおかしな情報がある中で、国民の多くは、「旧自民党体質を持ったままの小沢さんは胡散臭いとか、清廉潔白ではないから代表を辞任するのが当然だ!」と言う論法のマスコミ報道(国民の多数意見とマスコミ報道はどちらが先かは不明であるが?)に沿った形で、緊急世論調査で60%以上の人が辞任に賛成票を投じていると言う。

でも、国民は忘れていないだろうか?

「小泉改革はどうもおかしいぞ!」と解ってきて以来、日本の政治に対する大多数の国民の望みは、「政権交代」ではなかったのか!

「木を見て森を見ず!」とはよく言ったものだが、政治資金の虚偽記載が報道されたから、小沢一郎民主党代表に政権を任せてもダメだ、と言うのだろうか?そんな程度の事は、小沢一郎が歩んで来た政治家としてのキャリアを見ていたら、清濁併せ呑む「政治家」にとってはあり得る話だと、ほとんどの国民には解っていた事でないのだろうか?

知らなかったと言うなら、それは、単なる政治音痴とすら言えないレベルである。そうであれば、本当に、日本国民は人が善いと言うか、御しやすいと言うか、もっとハッキリ言えばお馬鹿さんである。

悪いことは悪いで裁くことは勿論必要だが、物事にはタイミングがあるだろう!自己保身を最優先した官僚政治から、選挙で選ぶ政治家の手による、国民生活に直結する「政治システム」に変革出来る可能性を考えれば、今のタイミングは絶対に外すべきではないと私は思っている。このチャンスを逃したら、きっと日本の政治は今のまま、のらりくらりと続いて行くことになるだろう。

あの大国アメリカでさえ、「Change」を訴え続けたオバマさんを初代黒人大統領として選んだ事を思えば、日本国民も、本当に今大事なのは何かを真剣に考え選択しなければ、浮かれて支持した小泉改革の「悲惨な結果」が、今後も何度も繰り返す事となるだろう。小沢一郎辞任論に与している場合ではないのである。

最後に、民衆党の若手改革派と言われる人々からさえも、「小沢辞任コールや説明責任を果たすべし」の声が出ているが、100年以上も続いている官僚政治を打倒する「真の政治改革」を完遂するパワーが、清廉潔白だけが頼りの貴方方若手だけで可能なのかと、私は問い質したい。事をなした後にも次のステップは可能であると知りべきであろう。

 

投稿者 kitamura : 17:30 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2009年03月13日

小沢一郎秘書逮捕に思う

小沢民主党代表の公設秘書が逮捕されて10日経ったが、この間、「代表辞任すべし!」だの、「民主党支持率急降下!」だの、「国策操作だ!」、「選挙妨害だ!」のと、検察の情報操作だと言う意見も含めて、連日マスコミ各社の報道が続いている。(今日当たりは、大分静かになってきたみたいだが)

色々なマスコミ報道や、コメンテーターの各意見を聞いての、私の個人的な思いは、検察の嫌疑である「西松建設のお金と知りながら、政治献金を受けた」という話や、「その献金額の振り分けに、逮捕された大久保秘書が関わっていた」という話は、恐らく事実だろうと思われる。

しかし、それが本当であっても、巷間言われているように、『総選挙の直前の時期に、新しい政権党の党首になろうかという政治家の公設秘書を事情徴収もなく一気に逮捕する』という事は、捜査当局に何か特別なる事情が存在するという事もあり得る話だと言う気がする。

秘書逮捕の報道前のまま総選挙が行われれば、恐らく「政権交代」という状況の中で、従来までなら逮捕までは行かないと言われる、「資金提供元がどこかを知っていたのか、知らなかったのかと言う嫌疑」で、一気に逮捕したのは、自民党支援と言う事より、自民党が政権の座からすべり落ちるた時、自分たち検察官僚にとって相当都合の悪い事態の発生を予想し、政権交代、とりわけ、小沢一郎率いる民主党政権への交代は阻止しなければならないと言うことではないのだろうか?と思う。

政治家は、官僚と違い、当然ながら選挙で国民の審判を受ける立場であるし、又、これだけマスコミや国民の目がある今の政治状況下、小沢一郎の政治資金集めに大いなる不正や疑惑があるのなら、良識ある選挙民が判断して落とすなり、民主党内の良識で以て党首交代をすれば良い事である。

勿論、法治国家であるから、犯罪事件や犯罪者を捜査したり逮捕することは当然の事だろうが、日本がこのような悪しき状況の中、可能性を求めて今まさに何十年振りかの政権交代が生まれようと言う時期に、ねらいを定めたように、軽微な嫌疑で政権党党首になろうかと言う政治家の公設秘書逮捕に踏切ったのは、何かの隠された意図があると思うのが自然であり、我々一般人の常識的な判断なのかもしれない。

個々の官僚に対しても一般の国民は手出しが出来ない訳であり、ましてや、巨大で不透明な検察組織が考える策略に対して、我々ははまったくなす術がない。そんな状況下で、権力そのものの検察官僚が、十分な説明もなくマスコミ各社を使って、あたかも「大事件」のように、一種の情報操作を繰り返しているとすれば、これは一大事どころか恐ろしい事態である。

政治とはそんなものだと、気楽に見過ごしている訳にはいかないだろう。現在の社会状況が如実に示すように、政治は我々の日々の生活に直結したものであるから。

この状況の中で、我々国民は何を優先すべきか、マスコミ報道を鵜呑みにするだけでなく、政党や政治家を選び、裏で動く官僚組織にも十分目を見張って行かなければならない。そうでなければ、現在の弱肉強食の格差社会は益々ひどくなるばかりである。

自民党を支援している人、民主党やその他の野党を支援している人、どこの政党や政治家を支持しても人それぞれで自由だが、国民には良く見えない官僚組織による情報操作やマスコミのプロパガンダ的報道に迷わされることだけは、絶対避けなければならない。それは我々国民の敗北を意味するから。

政治は、権力を有する者と一般国民の闘いであると言ってもよい。

そして、具体的な権力を有しない一般国民の武器は選挙しかない。政治家は基より、国民が望む行政を行ってくれる官僚をある意味管理出来るのも、我々が選挙で選ぶ政治家である。簡単に情報操作されたり、小泉郵政選挙のように、マスコミの煽られ、気楽に「お祭り騒ぎ」に参加していては、その苦渋の結果は、我々の現実生活の中で引き受けなければならない事を知っておきたいものである。

 

投稿者 kitamura : 12:20 | コメント (0) | トラックバック

カテゴリー:時事 2008年11月08日

オバマ「CHANGE」への期待

今週、アメリカの新大統領が民主党のオバマ上院議員に決定した

バラック・オバマ.jpg  RKB毎日放送より

選挙戦で、多くの支持者と「Yes,We Can」を合言葉に、終始、Changeをアピールしてきた勝利だろうか。

 

日本国内に於いても、もう7年以上も前になるが、『私が自民党をぶっ潰します!』と訴えながら総理になり、数年後には、「改革無くして成長なし」と、強引に郵政解散総選挙に打って出た首相がいた。 その結果、今回、「Change」を訴え続けたオバマさん同様、一大旋風を巻き起こし多くの国民の支持を得て、衆議院議席数:300議席という信じがたい大勝利をもたらしたのは記憶に新しい。

私は当時、当オフィスブログで、あまりに調子のよい小泉流パフォーマンスに違和感を感じ、付和雷同的な「構造改革大賛成」という風潮には疑問を呈する記事を投稿したが、選挙戦の大勢には勿論何の影響もなかった。

 

改革や変革を旗印に、選挙に大勝利したバラック・オバマと小泉順一郎、選挙戦を勝ち抜くパフォーマンスの巧みさは両氏に共通しているようであるが、両首脳の世界的立場の違いは別にしても、私には本質的なところで決定的な違いがあるように思う。

政治家と言うのは社会的な色々な立場の代表者(代弁者)であり、政治とは、その各代弁者による、公の冨の再分配や利害調整だと考えれば、今回、「Change」を訴え続けたオバマさんは、自分の立場やどのような層の代弁者たらんとしているのかは、我々日本人にさえ良く見える。

一方で、小泉さんはどのような立場の代弁者であり、どのような人々の為の施策なのかが良く分からないと言うか、あえて、そこを不明瞭にしていたのか、同じく大変な国民の支持は得ても、小泉政治は劇場型とか、単なる人気取りのパフォーマンス政治だと批判される事となった。

徒党を組まないフェアな一匹狼的、オペラや若者の音楽など幅広い文化にも精通している、外観が格好良い、従来の地域利害調整一点ばりの自民党政治家にはないクールさがある等、あたかも、「ヨンさま現象」のようであったが、政治が我々一人一人の日常の生活に直結している以上、そして、利害が対立する色々な立場の人々がいる以上、政治家はどこかの立場の代弁者なんだと言う事を忘れてはいけないのである。

格好良いとか、パフォーマンスが上手いということで、人気タレントのファン感覚で政治家を選んでいては、あまりにも自分の生活に無責任な話である。些か暴論かもしれないが、現在の大幅な収入格差や非正規社員の雇用などの社会問題、そして、今回のアメリカを震源地とする金融不況の日本経済への大きな打撃に於いても、「その流れ」の一端は小泉政権の構造改革が生み出したのだと私は思う。

今、格差に苦しみ若者も生活の苦しさを訴える国民の多くも支持して来たその総理は、先頃、格好良く、『次回選挙に出ません!』と政界引退を表明したかと思ったら、『これからは息子をよろしく!』と言う。何をか謂わんやである!

昨今の役人の自己中心で打算的な仕事ぶりを見ていると、必要な構造改革や行政改革はたくさんあるが、盛んに米国型新自由主義を代弁する竹中平蔵という学者を、政治家にまでして重用して進めてきた経済改革は、本当は「誰の為だったのか?、何をもたらしたのか?」と言う事を、我々は今後の「変革」の為にも、改めて再考してみる必要がある。

例えば、郵政民営化により、膨大な国民の貯蓄の一部が世界の金融市場に出廻った結果が、廻りめぐって日本経済の急落を招いているのではないか?先日発表された、日本を代表する世界的企業「トヨタ」の2009年3月決算予想が前年対比73%減と言うことも、実体経済の代表選手のトヨタでさえ、グローバル経済の中では、金融ビジネスという巨獣にいとも簡単に飲みこまれると言う事である。 

 

国民生活が益々厳しさを増している今、米国経済だけでなく、ブッシュ政権が残した世界政治や軍事の諸問題を抱えた状況の中、米国新大統領バラック・オバマ氏の「CHANGEに大きな期待を寄せたいと思うが、足元の日本の政治や政治家が改めてどんな「変革」をめざすのか、今度こそ、我々は自分の生活に直結した問題として真摯に注視していかなければならないだろう。

 

投稿者 kitamura : 16:25 | コメント (0) | トラックバック