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カテゴリー:独り言 2010年05月13日

健康に生きるとは?

誰しも健康に生きたいと思っている。

私自身、特別健康上の心配があるわけではないが、健康に生きるとはこういうことかもしれないと、最近、ふとしたときによく思う。

健康に生きるには全うな食生活が大事だが、じゃ、全うな食生活とはどういうことかと考えてみると、食べ物を無駄に食べず、食べ物が本来持っている「季節感とか味とか匂いとか、さらに言えば栄養価」、そういうものすべてを味わい尽くすと言うことではないかと思い始めた。食べ物を無駄にしないと言う意味は、例えば野菜なら、葉も根も実もすべて上手く利用すると言うことになるが、それだけでなく、無駄に食べ過ぎないとか、無駄な味付けをしないと言うことも大事だと言うことである。

それは、人でも物でも同じこと。

仕事や生活の場でもそうだが、人を使う、或いは人と付き合うと言うことは、その人が持っている能力や意欲などを無駄にしないで十二分に引き出すことであり、優秀な人材を多く集めることではない。無駄に人材を集めることは、逆に人の無駄使いということになる。仕事以外でも、豊かな人間関係とは、地位や名声が高い知人が何人いるかと言う問題ではなく、友達や仲間とどんな関係を築けるかと言うことが重要ではないだろうか。

同じ意味で、豊かな食生活とは高級食材をふんだんに使った食事ではなく、旬の食べ物を、その食べ物が一番美味しい方法で味わう。しかも、馬鹿みたいにたべるのではなく適度に必要な量を食べることだと分かる。そして健康とは、そんな食生活に裏打ちされたものなんだろうと、最近よく思う。

勿論、何故、最近そう感じるのかといえば、私の日々の食生活もそういう意味では豊かではなく貧しいからと言うこと。具体的に言えば、無駄に食べすぎていて、食べ物の良さを十分味わっていないと言うことである。これは愚かなことだと最近気づいた次第。でも、救いなのは、その貧しいい食生活のお陰で、「豊かな食生活とは何か?」そして、それによって生み出される「健康」とはどういうものか?を私に気付かせてくれたこと。世の中は不思議である 。

しかし、私同様に現代に生きる多くの人々も、健康になるべく豊かな食生活をしていない。はっきり言って貧しいと思う。人間が普通に生きるには贅沢すぎる多くの食べ物を、現代の我々は毎日、当たり前のように摂取し、栄養過多で太りすぎたり病気になったりしているのが現実である。それは、まさしく「貧しい食生活」と言うしかない。

そこから抜け出さないと、ますます現代人は健康と遠ざかることになる。少し大袈裟に言ってしまえば、膨大な現在の医療費問題は、我々自身がそれに早く気付いて、豊かな食生活をめざし健康になることでしか逃れられないだろう。

これは、繰り返しになるが、人でも物でも同じこと

人でも物でも色々な多くのものに接するのは大切ではあるが、過度になり過ぎては逆効果である。どれだけ味わえるかと言うことが大事なのである。そこに健康や健全さがあり、生きる楽しみや喜びがあるのではないだろうかと、最近思う。 

 

 

 

 

 

投稿者 kitamura : 2010年05月13日 00:50

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