| カテゴリー:時事 | 2009年08月30日 |
衆議院選開票結果に先立ち思うこと
国民にとっては、色々な意味で期待値が大きい衆議院選挙の投票日がついにやってきた。
選挙で政権が変わり、政治システムや社会生活がどう変わるのか?
これが本当に今回証明されれば、良い悪いは兎も角、日本人の多くが「民主主義とはどんなものか?」を肌で感じられる日がやってくることになるだろう。
但し、その為には、今回の野党各党が「政権交代でやろうとしている改革」が、「自民党を私がぶっ潰します!」と豪語して総理になった小泉さんが4年前の郵政選挙でめざした改革と同じでは意味がないし、それでは困るのである。
「構造改革なくして景気回復なし」と言う小泉改革には、私は当時から懐疑的だったし、今の地域や人の経済格差も、自民党の凋落も、小泉政治の自然な流れの結果だと思っているが、一番大きな問題点は、こんなにも早く、ネライと逆の結果が生まれた「郵政改革」の実現を、変人小泉純一郎は、本当に、自分の政治生命を掛けて目指してきたのだろうかと言う疑問である。
これは単なる偶然なのか?たまたま時期が悪かっただけなのか?現在の状況を見ていると、そう考えている人は少数だろうし、そうでなければ、ここまで一気に「小泉改革見直し」の流れになならいだろう。
小泉純一郎という政治家の特異性は、そのタレント性であり、パフォーマンス能力であって、けっして、政治家としての「高い志や資質」ではないと、私は今も思っている。
2004年当時、自民党の危機的閉塞状況の中で、運良くチャンス到来で、あのような異彩を放ったと言うに過ぎず、総理大臣にならなければ、権力中枢に位置する政治家でもなく終わっていたのではないだろうか?我々の身近にいる普通の人であれば、ユニークな 「お調子者」として人気者だっただろうと思うが。。。
前回の構造改革の問題点は、既得権を剥奪して、誰もが自由に参加出来る市場にする事を標榜しながら、実は、古い既得権者を追い出し、自由競争や規制緩和の名の下で、国内外の新しい利権層が活躍する場を手助けしたに過ぎなかったと言う事ではないのか?
一部の大企業や経済界のニューリーダーの活躍により、日本経済のパイを急拡大して、その恩恵でもって多くの国民の生活を豊かにしようと考えたのだろうが、世の中はそんなに便利に出来ていないし、又、人間はそんなに立派でもないだろう。新しい利権者は国民のことより、当然ながら、我が身が一番なのである。
その結果、富めるものは更なる冨を求めて、海外進出をめざし、国内では競走力の為と称して、安い労働力確保の為の法律作り(規制緩和)を進めて来たのであるが、残念ながら、肝心の海外マーケットが大打撃を受けてしまい、国内の安い労働市場が、さらに悪い状況となって来たのが現状である。
このように、手間の掛かる国内産業の建て直し(内需拡大)に目を向けず、安直に、金融グローバリズム礼賛や海外市場頼みの輸出一辺倒の戦略をとってきた大企業と、声高々にそれを支援してきた、小泉-竹中改革に象徴される「新自由主義的礼賛」の流れを、新しい政権は、どのように転換しながら、日本の産業構造の立て直しと社会変革に結び付けて行けるのか、大変難しい問題ではあるが期待したい。
色々な分野で自由はすごく大切だが、文明社会はサバイバル世界ではないのだから、地域や人々が安心して生きられる社会システムをめざすのが、政治家や社会的リーダーの一番の仕事である。どうしても、競走や勝ち負けを生甲斐にしたい人がいれば、芸能やスポーツの世界もあるし、経済界で競走することも良いが、その結果で、冨が偏り過ぎるのは良くないと私は思っている。
人間の欲深さを考えると、社会システムとして、適度な再分配機能を取り入れるのは当然ではないだろうか?他者の生存を脅かすような、徹底した競走社会を一体どれだけの人が望んでいるのか?疑問である。
何は兎も角、後8時間以内に、今回の政権選択選挙の全容が判明する。恐らく、事前予想の通り、新しい政権が誕生するのだろうが、新政権に望むのは、現状のような極度な格差を生み出すことなく、ルールある自由競争の中で、如何に多くの人々が安心して生きられる社会の実現をめざして欲しいと言う事である。
それは、国内だけでなく、他国との関係に於いても同じである。軍事力を盾にした問題解決や利害調整もやむなしと言う考え方を日本は取るべきではないと思う。運良く、今のアメリカ大統領はオバマさんでなのだから、新しい日本の代表者は、今までとは違った日米関係や国際関係を是非とも模索してほしい。
投稿者 kitamura : 2009年08月30日 15:20
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