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カテゴリー:仕事と生活 2009年04月18日

「観音力」に学ぶ

禅宗のお坊さん(臨済宗妙心寺派福聚寺住職)であり、芥川賞作家でもある玄侑宗久さんの「観音力」(PHP研究所)を書店で見つけて読んでみた。

文庫本より少し大きめのサイズで、真っ白い表紙に黒文字の観音力、朱赤で「かんのんりき」とルビがふられたシンプルな印象の装丁と「観音力」と言う言葉に魅かれて、直ぐ手に取ってみた。

「よい時期に良い本に出会った!」と言う気がしたが、本との出合いも「縁」である。

詳しい内容については、興味のある方は書店で手にとって読んで頂ければと思うが、観音様(サンスクリット語で、アヴァローキテーシュヴァラ)は、「観音自在菩薩」とも「観世音菩薩」とも訳されているとのことだが、観音様は、お地蔵さんと並び 日本では一番人気のある仏像だと言う。

確かに、仏像を拝観する機会が多くない我々でも、十一面観音や千手観音には親しみがあるし、慈悲深く優しそうな女性で出会うと、「観音様のような人」だと勝手に思い込んだりしている。

そんな観音様だが、今回、玄侑さんの「観音力」の中では、観音力とは色々な状況や変化に対応できる「応化力」であるという事と、一方では、「観自在」ということの大切さが説かれている。 先の十一面観音も、人間の多くの願い事にすべて対応する為だとも言われているようだ。

一方の『観自在』とは、人間も生まれた時は単に「いのち」だったものが、物心がつき、知恵がつき、分別や常識が身について、「いのち」に下宿する居候のような「私」が大きな顔をしているようなものだが、この「私」から離れて自在に見るようにすることが「観自在」だと言う。換言すれば、この蓄積された「知恵も分別も常識」も捨てなさい!と仏教は教えていると言う。

こられの知恵や分別や常識を捨て去ることで、人間の「いのち」の中に眠っている、他人との共振力(振れ合う力)、コミュニケーション力を呼び起こせるようになる。それが「観音力」なのだと、玄侑宗久さんは説明されている。

身近な例に当て嵌めれば、最近の我々も、バランスを欠いたお金や競争意識を重視するあまり、逆に、世の変化を観てスムーズに対応することが出来ず、本来「いのち」が持っている「他人と振れ合う力」も失くしていると言うことなのか。

そうであれば、現在こそ、観音様の「応化力」と「共振力」を必要とする時代と言えるのではないだろうか!

 

CIMG8018.JPG

観音力とは無関係だが、銀座「和光」の印象的なウィンドディスプレー (2009.4.14写)

 

 

 

投稿者 kitamura : 2009年04月18日 20:40

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