| カテゴリー:時事 | 2009年03月30日 |
小沢一郎代表辞任論に思う
昨日実施された千葉県知事選挙で、自民党の一部県議が支援する森田健作氏が当選したことに絡み、今朝の報道各社は、緊急世論調査の結果を発表し、「小沢一郎民主党代表の辞任を求める国民の意見が60%を超えた」と報道している。
以前、当オフィスブログに「小沢一郎公設秘書逮捕に思う」のタイトルで書いたが、今回の秘書逮捕から始まった一連の捜査劇は、巷でも囁かれている通り、検察官僚の情報操作の「疑いあり!」という可能性が否定出来ない限り、検察からの情報リークに乗っかって報道しているマスコミ報道には距離を置きたいと個人的には思う。
つまり、秘書による「政治献金の虚偽記載」の罪はあるとしても、私は、小沢さんは代表辞任をけっしてすべきではないと考えている一人である。言っておくが、私は以前から小沢一郎の支持者ではないが、現在の日本の政治状況(政権交代と官僚政治の打破が必要な状況)では、欠くべからず剛腕(?)政治家だと思っている。
政治家はすべて、なんだかんだと言っても、誰しも選挙を通じて国民の審判を受けているが、官僚はそうではない。従って、もし、官僚による国家権力の恣意的な発動が可能とすれば、これは、政治献金額の大小や献金方法などの法律問題とは次元が違う大問題である。
政治家は国民から選ばれた「公僕」であるとは言われるが、今の時代に、30年以上国会議員を続けられる人はそんなに多くない。一方、官僚のほとんどは、刑事起訴されるような事がなければ、学校を卒業して約40年間身分保証されている立場である。「公僕」と言えば、こちらの方が余程「公僕」でなければならないのである。
その保証された立場の中で、万一、国策捜査や政治介入が行われているとすればトンでもない事である。どこまでが真実かは分からないが、以前起訴された、鈴木宗男氏や外務官僚の佐藤優氏は、その後、「国策捜査」について手記などを発表している。その内容が事実なら、日本は、政治も経済も、国民が何も手出しが出来ない「官僚達」により自在に動かされている事になる。
話が横道にそれてしまったが、そんなおかしな情報がある中で、国民の多くは、「旧自民党体質を持ったままの小沢さんは胡散臭いとか、清廉潔白ではないから代表を辞任するのが当然だ!」と言う論法のマスコミ報道(国民の多数意見とマスコミ報道はどちらが先かは不明であるが?)に沿った形で、緊急世論調査で60%以上の人が辞任に賛成票を投じていると言う。
でも、国民は忘れていないだろうか?
「小泉改革はどうもおかしいぞ!」と解ってきて以来、日本の政治に対する大多数の国民の望みは、「政権交代」ではなかったのか!
「木を見て森を見ず!」とはよく言ったものだが、政治資金の虚偽記載が報道されたから、小沢一郎民主党代表に政権を任せてもダメだ、と言うのだろうか?そんな程度の事は、小沢一郎が歩んで来た政治家としてのキャリアを見ていたら、清濁併せ呑む「政治家」にとってはあり得る話だと、ほとんどの国民には解っていた事でないのだろうか?
知らなかったと言うなら、それは、単なる政治音痴とすら言えないレベルである。そうであれば、本当に、日本国民は人が善いと言うか、御しやすいと言うか、もっとハッキリ言えばお馬鹿さんである。
悪いことは悪いで裁くことは勿論必要だが、物事にはタイミングがあるだろう!自己保身を最優先した官僚政治から、選挙で選ぶ政治家の手による、国民生活に直結する「政治システム」に変革出来る可能性を考えれば、今のタイミングは絶対に外すべきではないと私は思っている。このチャンスを逃したら、きっと日本の政治は今のまま、のらりくらりと続いて行くことになるだろう。
あの大国アメリカでさえ、「Change」を訴え続けたオバマさんを初代黒人大統領として選んだ事を思えば、日本国民も、本当に今大事なのは何かを真剣に考え選択しなければ、浮かれて支持した小泉改革の「悲惨な結果」が、今後も何度も繰り返す事となるだろう。小沢一郎辞任論に与している場合ではないのである。
最後に、民衆党の若手改革派と言われる人々からさえも、「小沢辞任コールや説明責任を果たすべし」の声が出ているが、100年以上も続いている官僚政治を打倒する「真の政治改革」を完遂するパワーが、清廉潔白だけが頼りの貴方方若手だけで可能なのかと、私は問い質したい。事をなした後にも次のステップは可能であると知りべきであろう。
投稿者 kitamura : 2009年03月30日 17:30
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