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カテゴリー:仕事と生活 2008年10月22日

人生も事業もマラソンレース

人生はマラソンだと言う。確かに、人生もマラソンも途中で何が起こるか解らない長い道のりである。これは事業にも当てはまる。順調そうに見えた企業が突然事業閉鎖する事も最近は珍しくない。

例えば、松下電器やトヨタのように大きな利益を上げながら、長い間事業を継続している会社があるが、昔から、会社を30年以上続ける事は大変難しいと言われている。ましてや、移り変わりが激しい現代では、創業30年以上続く会社は、規模の大小に関わらず立派な企業である。

現実に30年以上続いている企業は、旧財閥系やメーカー系企業に多い気がするが、身近なところでは、伝統ある和菓子屋さんとか、料理屋さんも現にある。しかし、そのような会社も、残念ながら最近は色々とマスコミを賑やかしている。順調に長く事業を続ける事が如何に大変かの証と言えなくもない。

一時、「会社は誰のためのもの?」と言う議論が盛んに各メディアに取上げられたが、当時は、企業は株主のものと言う主張のもと、大きな収益力をめざすIT企業等に投資家の注目が集まっていた。しかし、私の勝手な推論では、収益一辺倒の企業は成長企業であっても、どこまで事業継続できるか、はなはだ疑問だと思っている。

確かに、長期に継続する為にも、「商売は儲けてなんぼ!」ではあるが、それは結果としての儲けの話であり、最初から「儲け」を最優先にした事業(=商売)が長続きするほど世の中は甘くない。

時代の寵児ともてはやされた若きIT事業家が、数年で経営の場から滑り落ちたのは記憶に新しい。規制緩和だ、いや、単なる法律違反だと色々騒がれたが、要は、目先の事業収益に拘った「短期勝負の事業姿勢」が原因だったのではなかったか。

一方、前述の松下電気やトヨタなどは、どうして大きな収益を上げながら長く続いているのかと言えば、世間のニーズに合った商品やサービスを提供し続けてきたと言うことであろう。換言すれば、地道に社会や人々の生活に役に立つ事業を展開してきた結果と言うことになる。

私が社会人になった頃、商売を意味する「商い(あきない)」と言う言葉について、商いとは飽きずに続ける事だと先輩に教わった。商売(事業)も人生と同様、順調な時もあれば不調な時もあるが、地道に飽きずに続けること、長く続けることが、商売の王道であると言う事を昔の商売人は知っていたのであろう。人生も、又しかりである。

人生でも事業でも、長い道のりを飽きずに歩んで行く為には、やはり、周囲からの助けや協力が必要となるが、その為には、自分自身も他人や社会に役立うと言う気持が無ければ成り行かない。 昨今の市場経済賛歌や成果主義は、勝ち組・負け組など社会や人々を分断する格差を煽っており、何を置いても「負け犬」にはなっちゃダメよ、と言う雰囲気である。これでは、人や事業はだれしも、孤立したとしても、ひたすら、「金を稼ぎ出すマシーン」の道を歩むしかない。

世界の経済大国と言われていた日本で、年収200万円以下の人々が1,000万人とも言われている一方で、先日倒産したアメリカの巨大証券会社リーマンの社員の平均年収が4,000万円だと言う馬鹿げた格差の行く先に、どんな未来があるのかを考えると暗澹となる。そして、そんな現実を知った大人や子供が、益々金を稼ぐマシーン化していくのを誰が止められるのだろうか?

人の一生を、稼ぎ出す金額や地位の勝ち負け競争に矮小化するのは、人間としてあまりに芸がない、悲しい話ではないのだろうか。出身大学や勤務先や報酬で人生の価値は決まると信じて子供を叱咤激励する大人ばかりになってしまったら、未来社会は、ギラギラとした心の貧しい競争社会になって行くだけであろうが、それは、いづれ自分自身に唾することになるだろう。

 

260年も続いた江戸時代の基を築いた家康も、「人生は重き荷を背負いて坂道を登るがごとし』と、我が人生を振り返ったと言う。いかに、スピードが早い現代と言えども、人生の前半で結果が決まってしまうような人生が豊かな訳がないし、長続きする訳がないだろう。

人生も事業も長い道のりのマラソンレースなのである。

喩え、現状が不調のどん底にいる人や企業であっても、腐って投げ出す事なく、未来に夢や希望をつないで行けば、長いマラソンレースのゴール地点では、どんな結果がまっているかは解らない。飽きずに続けるのが商いであるなら、人生も事業も、一獲千金を夢見るのではなく、飽きずに継続する事そのものに大きな価値があるのだと知っておこう。

そして、事業とは経営者や事業従事者の「生き方」そのものである。

政治・経済・軍事のあらゆる面で世界を牛耳ってきたあのアメリカが、ついに、世界同時不況の震源地となってしまったが、政治力や軍事力をバックに、実体経済から大きく離れた「貨幣が貨幣を生む金融世界」(自国に都合の良いグローバリズム)を強引に推し進めて来たアメリカの当然の帰結だろう。 一国を統治する事業者と考えれば、自慢できる「生き方」ではない。日本国民がそんなアメリカを追随し続けるとすれば、その結果は目に見えていると言わざるを得ない。

 

 

 

投稿者 kitamura : 2008年10月22日 16:30

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