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カテゴリー:起業する人々 2008年06月22日

品格と施設をシェアする人々

一昨年末に新潮社から発売された、数学者藤原正彦さんの『国家の品格』はかなりのベストセラーとなった。

品格とは元々「品格ある人」など、人柄や生きる姿勢など人の評価を表す言葉であるのだろうから、今日は、シェアオフィス、シェアサロン、レンタル会議室等に於ける「シェアと人の品格について」考えてみた。

シェア施設を利用する人は社会常識の進んだ人が多いが、ときどき、ルールを守れない人がいる。

正確には、守れないと言うより、意識的に守らないのだと思っている。何故、守らないのかと言えば、ルールを守らないことが大した問題と思っていないか、或いは、もっと意地悪な見方をすれば、誰も見ていないところで馬鹿正直にルールを守るのは愚かな事とか、損だ!みたいに思っているのかもしれない。

 

そこが、肝心なところである。

『ルール通りにすると損を見る!』という自己都合な理屈のもとでルール無視をする事は、まさに「品格の無さ」と言うべきである。ルールを守ったからと言って、本当は何も損はしないのであるが、ルールを守らないで、例えば、予約時間を超えて施設を無断利用した場合は、確かに、料金が発生しないのだから、「得した」、「儲けた!」と言えなくはない。

しかし、自然の太陽を浴びるのは、好きなだけ浴びても誰にも迷惑を掛けないが、シェア施設は、自然の恵みではないし、他の利用者もいるのだから、やはりルールを守って利用するのが常識であると言える。

私もそうだが、誰でも、『自己負担は少なく、実入りは多く』と言うのは人情であるが、しかし、それはあくまでも自己都合な理屈である。

誰も居ないから、見ていないから良いだろう!ではなく、そんな状況下でも、自分を律して行けるかどうかが、「品格ある人、ない人」の重要な分かれ道なのである。

『品格なぞくそくらえ!』と思っている人には通じない話だが、少なくとも、公にビジネスに関わっている人なら、品格の無さは、いつしか人の信頼を無くすことになるからご注意されたし!である。勿論、私自身も含めて。

 

よく、ゴルフは紳士のスポーツとか自己管理の競技と言われるが、確かに、たかがゴルフと言っても、余りに納得できないプレーが続くと、ついこっそりスコアを過小カウントしたくなる時がある。しかし、自分で打数管理しながら打数を競うゴルフでは、意識的な打数のごまかしは致命傷である。プレー資格を自己放棄することとなり、仲間間での人間的な信用なくしてしまう事となる。 

自己管理をコンセプトとしたSO!のようなシェア施設の利用も、そういう意味で言えば、『紳士の施設』と言うことになる。シェアというオープンな空間や環境下で、日々お互いが身近に接しながら仲間同士の信頼関係を築いていくのであるから、一旦、周囲からの信頼を無くした人は、シェアする資格を自分から放棄することを意味する。

 

ついでに言えば、「品格のある人」とは、「恥を知る人」でもある

我々の先祖だけではないだろうが、特に日本人のDNAの中には「恥を知る」という自己の律し方が、まだまだ受け継がれていると思うが、この「恥を知る」ということは、自己管理に於いて、又周囲からの信頼を得る時に、大変重要なキーワードなのである。

 

品格がある人とは、自分自身で「恥を知る」人であり、他人の信頼を得られる人である。少なくとも、オフィスやサロンなど、多くの人々がシェアする場所では、そんな人々が自然に集まってくるのだと思っている。

投稿者 kitamura : 2008年06月22日 16:01

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