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カテゴリー:私的なこと 2007年02月11日

今、なぜ「時代小説」

昨年12月1日全国ロードショーの山田洋次監督作品『武士の一分』が記録的な興行成績だと、同作品の宣伝を担当していたSO!Tameike210のHさんから年末忘年会の時に聞いた。

同作品は山田洋次監督作品でかつ木村拓哉が主演と言う話題性も高く、又松竹宣伝部も大変な力の入れようだったようなので、この記録的な興行実績となったのも当然なのかもしれない。

私自身はまだこの映画作品を観ていないが、『藤沢周平』原作というところには興味がある。

実は、今年の正月休み明けに東京駅構内の書店で時間をつぶしている時に、たまたま、細谷正充編纂の時代小説傑作集『江戸の商人力』(集英社文庫)という文庫本に目が留まり購入した。毎日長い時間を電車通勤している事もあり、いつも何かの文庫本や雑誌をバッグに入れているが、正直、この数十年間を振り返っても、「時代小説」を買ってまで読んだ記憶はない。

小説以外でも、私が高校生の頃まではテレビで時代劇ブームがあったので、毎週好きな時代劇を観ていたが、社会人になってからは、映画館で話題の時代劇を1~2度観た記憶はある以外は、数年前に自宅で話題になった「ラストサムライ」をビデオ鑑賞した程度である。

そんな私が、何故、『江戸の商人力』と言う時代小説集をあえて購入してまで読もうと思ったのか?一つには、SO!というシェアオフィスの新たな基盤を見つけたいと思っていた時期で、丁度、「江戸の商人」という言葉に急遽反応した事と、もう一つは、以前からSO!オフィスブログでも書いてきた「SO!長屋論」との関連で江戸庶民の長屋生活と言うものを改めて知りたかったのだと思う。

まあ、そんなキッカケで読み出した『江戸の商人力』だったが、細谷正充さん編纂の「商人をテーマにした短編9編は、山本周五郎や平岩弓枝他7人の作家の作品で、中には宮部みゆきの時代小説も入っていたが、正直、予想を大きく越えて大変面白かった。

江戸時代の庶民や武士の日常をテーマとした作品が何故こんなに興味深いのかと思いながら、同じ細谷正充編纂の『江戸の満腹力』、藤沢周平著『驟り雨』『時雨のあと』、山本周五郎『おさん』『日本婦道記』等々、それからは、もっぱら時代小説ばかり読み出し、日頃は、読むスピードが遅いこともあって、文庫本は1ヶ月に2~3冊程度のペースなのだが、この1ヶ月は6冊(50編以上の短編)の時代小説を読んだ。

内容と関係ないが、先月名古屋出張時に新幹線から見えた富士

新幹線からの富士1.30.JPG   2007.1.30新幹線からの富士.JPG

 

数年前に「シュリ」という韓国映画を観た時、これからは「ハリウッド映画」でなく、韓国や中国のアジアの映画が注目されそうだと直感したが、同様に、2007年今日の格差社会とか下流社会という「有難くない閉塞日本社会」に於いて、逆に江戸の文化や生活が再注目されるような気がしている。

年齢的なものもないとは言えないが、このまま成果(物質的)重視の競争社会を続けて行くと、地方と都市、男と女、若者と老人等の関係が益々功利主体の疎外社会となって、『ダイナミズムのない詰まらない社会』になって行く様な気がしてならない。それは、今「勝ち組」か「負け組」かは関係ない。世の中は、勝ち組も負け組みも繋がっているのだから。

小説の世界とは言っても、現代の人間関係より江戸の人々の方が、、男も女も、武士も貧しい町人も、それぞれが生き生きと人間らしく生きているように私には感じられる。

そんな思いで時代小説を読んでいると、江戸庶民(長屋町人)や武士の生活の中で描かれている、人間関係に於ける情緒や人情、さらに礼儀などがすごく新鮮で、安部総理の『美しい日本』とは直接結びつけたくないが、今のどこかチグハグな日本社会の新たなヴィジョンとしても、「江戸の庶民社会」をもう一度注目してみるのは無駄ではないハズである。

私自身も、「SO!長屋論」繋がりで、庶民の生き生きとしたダイナミズムが感じられる「江戸長屋」に一度タイムスリップしてみたいものである。

 

 

投稿者 kitamura : 2007年02月11日 15:59

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